福岡県春日市と那珂川市の両市にまたがって位置する『博多総合車両所』。『西日本旅客鉄道(以下、JR西日本) 山陽新幹線統括本部』が管轄している国内最大級となる新幹線の車両基地です。1990年には『博多総合車両所』への回送線を利用した博多南線と博多南駅が開業。通勤や通学の足として利用されています。
2023年5月30日、春日市と那珂川市、それぞれがJR西日本と包括連携協定を結び、共に魅力的で持続可能なまちづくりの推進、地域の活性化に取り組む動きが始まっています。
春日市がJR西日本と連携して整備した「新幹線の見える丘」。
福岡市のベッドタウンとして九州一の人口密度を誇る春日市。全国でも珍しい「新幹線に乗れる在来線」という博多南線を使えば、都心である福岡市内まで約10分という交通アクセスの良さが特徴です。加えて、多くの水と緑あふれる公園が点在し、子育て世代に人気のまちです。
「暮らしに適した場所である一方で、ランドマークや目立った観光スポットがなく外から人を呼び込みにくい、市の西側ににぎわいが少ないなどの課題もあります」と春日市経営企画部秘書広報課の榎田正治さんは語ります。
課題解決のための一つの施策として2023年度に実施されたのが、「春日西多目的広場公園」の整備です。公園は博多南駅に近く、市の西側エリア活性化のきっかけにしたいと春日市は考えていました。
「以前から、公園に隣接するJR西日本所有の土地の周囲は、『博多総合車両所がよく見える』と、鉄道ファンの間で話題になっていたようです。そんな折、JR西日本から『その場所を、新幹線を軸とした地域の活性化につながるスポットにしたい』とのお話をいただきました。これが、春日市とJR西日本との連携の始まりです」と公園の整備を担当した春日市都市整備部都市計画課の堀祐輔さんは語ります。JR西日本としても、この土地は地下に遺跡があるため活用が難しく、「春日市のために活用できるなら」という思いで寄附を決めました。
こうして「春日西多目的広場公園」の西側は「新幹線の見える丘」として2023年10月にオープン。公園内には新幹線型の遊具も置かれ、新幹線にちなんだ公園のイメージが生まれています。堀さんは、「市民だけでなく、新幹線や鉄道ファンにとっても魅力的なスポットができたと思います。将来的にはこの場所に展望台も設置できたらと考えています」とJR西日本の協力が効果的だったと語ります。今後は展望台の構想の他にも博多南駅から公園までの道を改良し、多くの人が訪れる場所に育てていく予定です。
福岡を代表するお土産をつくろう!
土地の寄附をきっかけに、春日市とJR西日本はより緊密な連携を取るべく、包括連携協定を締結しました。JR西日本福岡支社地域共生室の中村節子さんは、「これまでも市とは定期的な会合をもち、弊社が主催する『新幹線ふれあいデー』をはじめとしたイベントなどで相互に協力をしていました。包括連携協定の締結により、「交流人口の拡大」、「地域産業等の振興」、「子育てや青年少年健全育成の支援」などの実現を目指し、『地域共生』を主題とした取り組みを春日市のまちづくりの思いや課題を聞きながら進めています」と語ります。
そこから始まったのが、新しいお土産づくりです。「実は、福岡県を代表するような新しいお土産をつくりたいと、包括連携協定の前から構想が始まっていました」と語るのは、商品開発に関わってきたJR西日本福岡支社地域共生室の西川真之介さんです。
商品開発でタッグを組んだのは、春日市で1967年に創業し、地域の方々に愛されている老舗和菓子屋『富貴』です。『富貴』代表取締役社長の松本弘樹さんは話を受け、最初は「JR西日本さんとは会社の規模が違いますし、新しいお菓子を開発し、駅で販売するとなるとそれ相応の機械と人手を増やさなければならず、難しい」と感じました。しかし、「新しい福岡土産をつくりたい」という春日市やJR西日本福岡支社の熱意に動かされ、挑戦を決めました。
こうして春日市と『富貴』、お菓子のパッケージをデザインする『第一紙行 九州支店』、新幹線の小倉駅、博多駅の改札内の店舗を運営している『ジェイアールサービスネット福岡』、そしてJR西日本福岡支社による商品開発チームが生まれました。
『富貴』の人気商品「博多カステラ」をベースに、福岡の特産品「あまおう」を加えたイチゴ味で試作を進め、2週間に1回のペースで意見交換を重ねました。お菓子はいいものができたのですが、イチゴをイメージする赤に、新幹線を組み合わせたパッケージデザインが合わないため、動きが停滞した時期もありました。それを打破したのが、『第一紙行 九州支店』のデザイナー・藤原礼奈さんから上がってきたのが、ドクターイエローをモチーフにした爽やかなデザインでした。
ドクターイエローは、新幹線の検査専用車両で、不定期に運行されます。なかなか見ることができないので、「見ると幸せになる」(という都市伝説がある)といわれています。
「いったんイチゴから離れて、新幹線のいろいろな車両を見ながら、子どもにも大人にも人気のあるドクターイエローの車体に、空とレールの青、雲の白を組み合わせてデザインしました」と藤原さん。
「このデザインを見た時のみんなの様子を見せたかった! その場にいた全員が『これでいける』と思いました。イチゴの構想はパッと消え、基本の博多カステラをベースにミルクとバターがより濃厚に感じる味のイメージがすぐに湧きました。デザインの力はすごいですね」と松本さんは振り返ります。
こうして発酵バターとミルクを贅沢に使った「博多カステラ みるく&発酵バター」が完成しました。初披露は、2023年10月15日に『博多総合車両所』で行われた「新幹線ふれあいデー」。当日用に用意したものは全て完売し、同じ日に『富貴』の4店舗、翌16日からはジェイアールサービスネット福岡が運営する博多駅の『おみやげ本舗』や『おみやげ街道』で販売がスタートしました。
商品開発チームに参加している、ジェイアールサービスネット福岡の田上久美子さんは、「商品ができてからは店舗のスタッフに何度も試食してもらい、パッケージの感想も聞きました。今回のデザインを見た時はそのかわいさに感動して『売りたい』と思うと同時に、福岡の新しい定番商品として育てていきたい気持ちがより一層強くなりました」と、商品の愛着を語ります。
「妥協することなく商品開発した結果、素晴らしいお菓子が生まれたと思います。富貴の松本社長には大きな決断をしていただきましたので、私たちは責任もって多くの人に届けていきます」とJR西日本福岡支社の西川さんは思いを新たにしていました。
チームに参加した春日市経営企画部経営企画課の吉本向日葵さんも、魅力的な商品が生まれたと感じています。「アイデアを具体化する開発チームの熱意とスピードに驚いています。『博多カステラ みるく&発酵バター』が春日市のことを知るきっかけになってほしいので、ふるさと納税の返礼品としても出品しています」。
新幹線関連商品をふるさと納税の返礼品に。
春日市のふるさと納税の返礼品は、新幹線関連商品があることも特徴です。包括連携協定の取り組みの一環として、『JR西日本新幹線テクノス』が開発しました。
JR西日本新幹線テクノスは新幹線車両メンテナンスの会社。全社員からアイデアを募って生まれたのは、鉄道ファンに人気のある500系新幹線をモチーフにした4種類の商品で、『新幹線の見える丘』のオープニングセレモニーで披露され、新幹線ふれあいデーでは販売も行われました。
「新幹線ふれあいデーでは、どの商品もお客さまに好評でした。今回、一般のお客様の元に届く商品を開発することができたのはとても楽しく貴重な経験になりした。今後も新しい商品開発にチャレンジしていきたいです」と、商品開発を担当したJR西日本新幹線テクノス エンジニアリング事業部の石橋貴幸さんは語ります。
「『博多カステラ みるく&発酵バター』や『500系新幹線関連商品』がふるさと納税の返礼品として出品されることで、春日市と新幹線のイメージがつながり、市の特色として知っていただけると期待しています」と春日市役所の吉本さん。
全国から鉄道ファンが訪れた、オリジナルの「博多総合車両所見学ツアー」。
JR西日本と包括連携協定を結んだ那珂川市は、自然が豊かで、子育て世代への支援に力を入れています。1990年のJR博多南線の開業と駅周辺の開発により人口が急増。2004年には博多南駅ビルができ、2018年にはリニューアルされています。交通の拠点として、さまざまな方に利用・交流してもらえる施設となっています。
以前からつながりの強い那珂川市とJR西日本ですが、包括連携協定を結んだことで、「市の魅力の一つとして新幹線に焦点を当ててPRするとともに、さまざまな市の魅力の発信で連携したいです」と那珂川市総務部行政経営課の長野仁美さんは、期待を込めます。
その一環として23年9月に実施されたのが「JR西日本博多総合車両所見学ツアー」です。那珂川市のふるさと納税の体験返礼品として、市とJR西日本が連携してスペシャルなツアープログラムを作成しました(春日市でも同様のツアーを実施)。『博多総合車両所』は、「新幹線ふれあいデー」などで一般向けの取り組みを行っていますが、今回は「新幹線博多駅から博多南駅までツアー参加者限定の特別列車を走らせました。パンタグラフなど普通は見学できない車体の上部を専用デッキから見学したり、現役の運転士が運転見学台を案内したりと、このツアーでしか体験できない内容となっています。また、1グループ5名ほどと少人数で回りますので、ゆっくりと見学していただけます」とJR西日本福岡支社地域共生室の川浪佑馬さんは、ツアー内容のこだわりを語ります。
ツアー開催時には、『博多総合車両所』と一緒に、ツアーを盛り上げました。「参加者からコアな質問が出たこともあり、案内する社員も楽しんで対応していました」とJR西日本福岡支社地域共生室の緒方めぐみさん。ツアーに同行していた那珂川市行政経営課の森山亮之さんは、「(JR西日本福岡支社や『博多総合車両所』の方々が)そこまでやってくれるのかと感動しました。従来のツアーからより踏み込んだ、コアな鉄道ファン、新幹線ファンに訴求する内容だったので、全国から興味を持つ方が参加してくれました」と大きな反響があったと語ります。
24年2月には市立の幼稚園と保育所の子どもたちを対象にした「博多総合車両所見学会」も開催。今後は小学生を対象にした見学ツアーや中学生向けの職業体験講座も開催していきたい、という話も出ています。
また、「那珂川市内にはキャンプ場や、トレイルラン、バイクなどアウトドアを楽しめるスポット、またアーティストや若い世代の移住者が増えている地域があります。ツアーの開催だけではなく、こうした魅力的なスポットの発信もJR西日本福岡支社の方々と進めていきたいと考えています。」と森山さんは連携に期待を込めます。
JR西日本福岡支社の川浪さんも博多南駅を拠点としたまちづくりに協力したいと考えています。「新幹線に乗って博多南駅まできて、博多総合車両所を見学にきた人たちが、那珂川のまちを散策したり、スポットを訪れたりできるようになればと思います。そのためにもまちの魅力を伝えられる駅にしていきたいと思います」。
地域と連携し、福岡県内のさまざまな魅力を発信。
JR西日本福岡支社に地域共生室ができたのが、2022年10月。そこから少しずつ春日市や那珂川市と連携する動きが生まれています。
JR西日本福岡支社の中村さんは「私は行政から出向していますので、行政の仕組みや考え方なども理解しているつもりです。その強みを生かして、春日市や那珂川市とJR西日本の間に入り、架け橋になりたいと思っています。どちらの市にも新幹線のまちとしてのイメージが定着し、訪れる人が増えてほしいです」とこれからの連携に想いを込めます。
同じくJR西日本福岡支社の西川さんは地域の事業者と力を合わせた取り組みの楽しさを、商品開発を通して知ることができたといいます。「博多駅や小倉駅は九州の玄関口です。九州各県の自治体とも連携して、新幹線の駅をPRに使っていただくこともできます。実際、新幹線博多駅改札内の『九州恵みの玉手箱』には福岡県宗像市や長崎県壱岐市の特産品を集めたコーナーをつくりました。今回の取り組みをきっかけに、春日市や那珂川市をはじめ、いろいろな自治体と連携を深め、地域を盛り上げていけたらと思います。」
包括連携協定というかたちでしっかりと手を組んだ、JR西日本と両市。春日市・那珂川市といえば「新幹線」、そう言われる日も近いかもしれません。これからどのような「共生」を描いていくのか注目です。
魅力的で持続可能な地域づくりを。JR西日本が取り組んでいる、地域との共生とは?
JR西日本グループでは、2010年頃から「地域との共生」を経営ビジョンの一角に掲げ、西日本エリア各地で、地域ブランドの磨き上げ、観光や地域ビジネスでの活性化、その他地域が元気になるプロジェクトに、自治体や地域のみなさんと一緒に日々取り組んでいます。そんな地域とJR西日本の二人三脚での「地域共生」の歩みをクローズアップしていきます。
【第11回 和歌山県編】はこちらから。
今までに公開した【地域×JR西日本の「地域共生」のカタチ】の一覧はこちら。
ぜひ他の地域の事例も読んでみてくださいね!
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photographs by Kiyoshi Nakamura
text by Reiko Hisashima