人はどんなきっかけで「旅に出よう」と思うのだろう。いつ、誰と、どうやって、どこへ行き、何をするか、どのように決めているのだろう。これは、なりゆき任せに出かけた旅のはなし。なにも期待しない。ただ、そこにあるものをよーく見つめてみる……。
無目的の旅
用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。
なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。
(内田百閒『阿房列車』より)
47すべての都道府県に一度足を踏み入れてしまったあとは、人に会いに行くとか、地形をみるとか、桜を追いかけるとか、祭りをみるとか、テーマを決めて旅を楽しんでいたが、近頃は「目的がない」「そこになにがあるかわからない」旅ほどの贅沢はないと思うようになった。
きっかけはおそらく、住居のサブスク「アドレス」を活用し始めてからだと思う。宿泊場所の選択肢が限られているので、知らない地域の宿に泊まることが重なった。知らないからこそ、予想を超えた地域の魅力や、発掘する楽しみ、偶然の出会いの喜びに目覚めた。
フリーランスの特権を生かし、仕事が落ち着いたタイミングや、逆にまとまった作業があるタイミングで、1〜2週間程度の旅に出かけている。おおよその目的地を定めて、何泊かしながら目的地へたどりつく。なるべく「急がない」のがポイントである。
瀬戸内海をぐるっと
四月上旬、住まいのある福岡から徳島へ車で向かうことにした。徳島・神山町のしだれ桜は、それはそれは美しいとのうわさ。10日間にわたる旅程は次の通り。宿泊のほとんどは「アドレス」で、愛媛の佐多岬から大分の佐賀関を結ぶ「国道九四フェリー」に乗るのが楽しみだ。海路が国道というのも惹かれる。
この旅でもっとも印象に残った日のことを書こうと思う。これまで二、三度訪ねたことがあった「松山」でのできごとである。
公園に見た学生たちの健やかさ
松山の朝。寝起きの頭でなんとなく「路面電車に乗ろう」と思った。松山市駅から道後温泉までの路線以外はまだ乗ったことがない。平日なので通勤通学の光景も見られるかもしれない。
手元の地図を確認しながら車窓を眺める。松山の人たちの日常。細い住宅の路地を抜け、手際よく開閉する踏切と行き来する人々の呼吸はぴったりと合っていた。
曲りくねった線路から視界が開けたときのこと、小さな公園が一瞬見えた。そこには、制服姿の男子学生が4〜5人集まり暇を持て余していた。昼休みだろうか。スプリング遊具をゆらゆら揺らす学生と、それをぼんやり眺めて柔和な笑顔を浮かべる友人たち。
晴天の青空の下、気だるい昼下がり。誰一人スマホを取り出さず、ふざけあうでもなく、だた「のんびり」していた。ほんの一瞬の光景だったが、学生たちの日常の嗜みかたに思わぬ優美さを見出して、心奪われた。この街には、何かある……そんな直感がはたらいた。
電車に連れていかれる
やはり電車はおもしろい。思いもしない世界へと連れ出してくれる。松山といえば路面電車だが、いよてつ(伊予鉄)の郊外線にも乗ってみようと思った。路線図を眺め、港があるらしい「高浜線」に決めた。
憧れのオレンジ色の車両に乗り込む。松山市駅からほんの一駅二駅走っただけで、ずいぶんと空が広がった。そのうち海が見えてきた。水平線と並んで走る車両の空気は爽やかで、やわらかい。向かいに座ったファミリーの子どもが「みきゃん、みきゃん」とさわぐ。「みかん」のいい間違いではなく、いよてつの人気キャラクターである。
終点「高浜駅」に降り立つと、駅舎からフェリー乗り場へと繋がる廊下が走っている。旅情を誘う古い売店。そこはもう夏だった。無性に離島へ行きたくなった。
フェリー乗り場を確認すると、意外にも、ここからさまざまな離島へ行けるようだ。ちょうどよい時刻で「興居島(ごごしま)」行きがあったので、帰りのフェリーの時間と島内の移動時間を計算し、その場でレンタサイクルを予約した。
夏へ渡る切符
ほんの15分で着いたその場所は、まごうことなき「離島」の空気が流れていた。自転車を走らせ、太陽をたっぷり浴びる。砂浜を散歩したり、売店を覗いたり。ところどころにあるみかんの作業用モノレール(モノラック)は、ここが瀬戸内海の島であることを感じさせる。民家、校舎、交番……わたしの知らない小さな暮らしがあった。
島内の2つの港は自転車で1時間もかからず移動できる。帰りの船はもうひとつの港から出ており、自転車も一緒に船に乗せて帰る仕組みだ。
乗り場近くにカフェがあったので、アイスコーヒーを注文した。火照った身体に冷たいカフェインが染みる。Iターンした男性がやっているお店のようで、「ふらっと海外の方が来られることもありますよ。この前はフランス人のお客さんがきました」という。海外から日本へやってきて、それも愛媛県の興居島にたどり着くとは、旅慣れた人がいるものだなあと感心した。素朴な離島でこんなに美味しいコーヒーが飲めるなんて、このうえない贅沢である。
道後温泉でない温泉
短い夏の夢をみたようだ。一度宿へ戻り、疲れた体を癒すため温泉へ向かう。道後温泉ではなく、あえて離れた「元気人村」という温泉を選んでみた。地元の人がふだん使いしている場所のようで、空いていてとてもいい湯だった。創業者らしい「村長」の言葉が湯船から読めるところに飾ってあり、「伊予灘の湯」の響きが妙に心に残った。
―健康づくりは、わが身に感謝といたわりの心。加えて人に優しく、明るく笑ってくよくよせず、好き嫌いなく腹八分、よく働きよく遊び、怒りと憎しみ、悲嘆の心こそ大敵なり。月に2度、3度、美しい伊予灘の薬草湯に浸かればこれに適う事無し。―
湯上がりに、近所で古くから続くお店を見つけて夕食を済ませることに。二代目が「おいしくて栄養がとれて体力がつくように」と考案したビーフンが看板メニューだった。あんかけちゃんぽんみたいで、美味しい。長旅で外食が続くと、どんな美味しいものでも必ず飽きてくる。そこで、こういうほっとしたものが食べたくなるのだ。
松山へ来てビーフンというのもおかしな話だが、地域の隠れた名物は暖簾の奥にあるものだなあ、としみじみ。帰り際、例の温泉へ行ったことを伝えると「県外から道後以外に行く方もおられるんやねえ」と不思議そうな顔をしていた。
偶然居合わす花見の魔力
お腹も満たされ、夜の空気を吸いたくなったので、川べりへと車を走らせる。すると、うす桃色の提灯が整然と灯っているではないか。「花見だ……!」花見を「する」のはもちろん好きだが、花見を「している姿を見る」のが大好きである。花の下において、人はくまなく幸せそうだからだ。
川沿いの花見会場は、静かに賑わっていた。驚くことに、あらかじめブルーシートをひいてくれており「ご自由にお使いください」とある。屋台に200円を収めたらいいようだ。場所の奪い合いになる人気の花見スポットとは大違いである。人の心の余裕はこういうところから生まれるのだろうか……。
仕事仲間らしい年長から若者までが集まる輪。途切れることなく話し続ける同世代の女性たちの輪。とにかく楽しそうな学生たちの輪。少し離れた木の下でぽつりぽつりと会話する女性二人組。手を繋いでゆっくり歩き続ける恋人たち。ちょうどよい薄暗さのなか、四方から聞こえる談話の声が心地よいハーモニーとなって心に響く。
そうやって耳を澄ませていたときのこと。学生がギターを取り出し、あいみょんの『裸の心』を弾き始めた。周りの学生たちが肩を組み、軽やかに歌いだす。そして、MONGOL800の『小さな恋のうた』、YUIの『CHE.R.RY』と続く。どれも人気曲だが、少し前の曲ということは、兄弟や先輩たちから受け継がれたのではないだろうか。まわりは視線こそ向けないが、心で聞いているのがわかる。なんて美しい情景だろう。
ただ電車に乗り、船に乗り、散歩しただけの一日。見ていないものはたくさんあるはずなのに、松山の美しいものはすべて見た、そんなふうに思った。
桜の盛りに始まる旅は一瞬だけ夏を駆け抜け、戻るころの九州はすでに新緑の初夏であった。内田百閒の『阿房列車』には
「……しかし用事がないと云う、そのいい境涯は片道しか味わえない。なぜと云うに、行く時は用事はないけれど、向うへ著いたら、著きっ放しと云うわけには行かないので、必ず帰って来なければならないから、帰りの片道は冗談の旅行ではない。」
とあるが、幸運にもこの旅では帰り道でずいぶんといい思いをした。同じ駅を通らずあえて長いルートを選ぶ(つまり行き続ける)旅を「一筆書き」というらしいが、いずれ電車でも挑戦してみたいと思う。