JR新潟駅から徒歩数分という好立地にある『BOOK INN』。その館内はまるで オシャレなブックカフェのよう。本、そして新潟という“まち”とゲストを結ぶ、小さな宿の魅力に迫ります。
新潟で"流れる"ようにコトを仕掛けてきた。
宿の説明に入る前に、まずはオーナーである長谷川あおいさんのライフストーリーを書いておきたい。自身、「生粋の新潟人!」と話すように、彼女は地元新潟市でキャリアを重ねてきた。市内の観光専門学校の語学コミュニケーション科に籍を置いたのち、旅行代理店、『NTT』の電話番号案内などの職を経験。だが、彼女のキャリアはそのあと大きく変わる。
「今から8年ほど前に市内で『DELICA SANDWICHES』というサンドイッチ店をオープンしました。空きテナントでなにかやってみないかって誘われたのがきっかけです。でも、自営業を始めることになったのは夫の存在が大きかったですね」。ハワイ出身で新潟市在住のご主人は、その時すでに市内で英会話教室などを手がけていた事業家。そして長谷川さんの人生の転機はこの後に訪れる。「私がサンドイッチのお店を2年ほど続けたタイミングで、英会話教室の秘書スタッフが結婚して東京に行くということで、代わりに私が英会話教室で働くことになりました。夫と一緒に働く中で、『なにかおもしろいこと、ほかではできないことをやりたいね!』って話していた時に、関屋浜の海の家の話をいただいたんです」。関屋浜は、日本海に面した海水浴場で、「浜茶屋」と呼ばれる海の家が立ち並ぶ観光地。新潟で飲食事業にも取り組んでいたご主人に声がかかったカタチだ。
ヨガ教室の開業、そして民泊との出合い。
関屋浜の海の家の経営のかたわら、二人は「なにかおもしろいこと」として、まず2015年に、当時日本ではまだ馴染みの少なかったエアリアル・ヨガ(天井から吊るされた布で行うヨガのスタイル)のスタジオを2階のデッドスペースで開設。そして2016年、ゲストハウス開業につながる出来事が起こる。「ハワイから甥っ子が遊びに来たんです。その時に、海の家の2階にあったデッドスペースだった和室にお友達もみんな泊めたら、『こんなにいい部屋あるのに、民泊やっていないのはもったいない!』って言われて。甥っ子が世界的な民泊サイト「Airbnb」のアプリのことや登録の仕方を教えてくれて、気軽な気持ちで始めてみたんです。そうしたら、海の家を開いているひと夏で200人くらいの外国人が遊びにいらっしゃって!」。ちなみに、実はこの関屋浜の海の家は新潟市に貸借料を支払い、運営をしている、いわば”半公共“的な場所。契約内容も厳しく、そこにはなんと『宿泊業をしないこと』という項目が!? 「でも、あまりよく読んでなくて、『やっちゃえ!』ってやったらバレてしまい、すっごい怒られました(苦笑)。『次やったら罰金ですよ』って。だから、そこではその年の6月〜9月の4か月しかやっていなんです。でも、貴重な経験でもありました。新潟市の、それもこんなに駅から離れているロケーションでも、海外からたくさんお客さんが来てくれた。そのことで、民泊やゲストハウスの可能性を実感しました。もともと、外国人の観光客を新潟に増やしたいという思いがあったので、近い将来、宿泊業に本格的に参入したいという気持ちが強くなりました」。そしてその機会はすぐにやってくることになる。
観光客、そして地元にも受け入れられる宿を目指して。
『BOOK INN』は2017年4月にオープンした。関屋浜での経験からほどなくして、手頃な広さの物件が、ご主人の英会話教室が入るビルの真向かいにたまたま見つかったそう。
ゲストハウスの内部は、細長い通路の両側に、足元から天井近くまで本棚が続く。その本棚の中にベッドスペースへの入り口があり、ゆえにベッドは本棚の裏側に設けられている造りで、まさに『BOOK INN』という名前がふさわしい。そして注目すべきは、館内全体に漂う温かみ。木をふんだんに活かした内装で、しかもほとんどが長谷川さんのご主人と友人によるDIYだそう。「木の部分は全部自分たちでやってましたね」と軽く話す長谷川さんだが、もはやDIYのレベルを超えた出来栄えだ。
そして本について。「観光客に利用してもらうこと以外に、地元の人たちにも普段使いしてほしいなと考えたのが、漫画喫茶的な利用のアイデアだったんです」。中古本チェーンの知り合いの伝を生かし、立ち上げ当初の選書を依頼。そこからさらに夫婦でていねいにセレクトした。「全体で4500冊くらいですかね。漫画の新刊を常時入れるとか、そういったことはできていません。でも、お客さまの一部からは『マニアックな選書』『思いがけない一冊と出合えた』など、喜ばれていますね」。漫画喫茶的なスタイルは、新潟を訪れる観光客に加え、期待通りに地元の人の利用も多いそう。そして宿の人気を支える隠れた存在が「布団」だ。自身で寝心地を確かめ導入したこだわりの寝具は「よく眠れて疲れが取れる!」と県内外からの利用客はもちろん、海外ゲストにも好評だという。
町と関わり続けた結果がゲストハウスだった。
興味深いのは、長谷川さんがゲストハウス開業に至った経緯だ。「わたしはたまたま(笑)。『バックパッカーで世界中を旅してきました!』ってオーナーは多いけど、私たちはただ、やりたいことを、思ったタイミングでやってきた結果、今があるって感じですね」。
長谷川さん、そしてご主人の新潟市でのこれまでの活動を見て思うのは、「まちとつなぐ」だ。サンドイッチ店、英会話教室、海の家、ヨガスタジオなどはすべて、新潟というまちと人との接点。暮らし、地元、観光客など、さまざまな人や場面を、新潟と深くつなぐ”仕掛け“のようなもの。ゲストハウスも”本“というアイデアを掛け合わせ、町とつなぐ。
なにか流れのようなものを見極めつつ、楽しみながら町と関わり続けていた長谷川さん。そんな彼女がつくる『BOOK INN』のこれからの変化が楽しみだ。「今後ですか? いまはドミトリーだけだけど、個室も整えられたら最高だなって思っています! ランドリーも将来的には用意していきたいですね。あと、お客さんから『こんなに駅が近いのに朝食を摂るところって意外と少ないんですね』ってよく言われるので、飲食の部分もいつか提供できたら」。