WEBメディア運営者、地域おこし協力隊になる。
長崎市の西部に位置する琴海地区。「ことのうみ」と書き表されるこの地域は、大村湾という穏やかな内海の別名が由来となっている。また、なだらかな山、森の中をせせらぐ川など、自然と隣り合わせな心安らぐのどかな場所だ。
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長崎の魅力を発信するWEBメディア「ボマイエ」を運営する齋藤秀男さんは、2019年2月からこの琴海地区の地域おこし協力隊に就任した。美しい自然とおいしい食事に惹かれて琴海へ移住を決意。地域で暮らしながら、琴海の観光コンテンツ開発と、得意分野の情報発信で活動を続けている。観光地・長崎の中でも、メジャーなスポットがある地域からは離れた場所にある琴海。さて、一体どんな風に地域おこしに携わっているのだろう。今回は、斎藤さんの琴海での活動に同行してみた。
サウナが地域資源の可能性を変える!?
まず、齋藤さんが連れてきてくれたのは、琴海地区にある「清流と棚田の郷」。長崎市のグリーンツーリズムのコンテンツの一つでもあるこの場所は、夏場は自然体験に訪れる親子や子どもたちで賑わう人気スポットだ。視界に広がる棚田の風景と、そばを流れる川の音が響き渡る琴海らしい雰囲気に、早速テンションが上がってきた。
棚田を抜けて森の中へ進んでいくと、なにやらテントが貼ってある…。人目につかない奥地で、川の音を聴きながらキャンプができる、といったところか。そう思っていたら、齋藤さんはガサゴソとテントの中で準備をし始めた。

ーーあの…何をしてるんですか?齋藤さん?
…。
黙々と作業をする齋藤さん。中を覗き込むと、薪をくべて火を起こしているようだ。テントの中でいったい何が…?不安になる僕をよそ目に、火加減の調整に余念のない彼はどこか楽しそう。
ひと段落してテントから出てきた齋藤さんは、ようやく答えを教えてくれた。
ーー何の準備をしていたんですか?
この筒から蒸気が出るようになってて。今、テントの中は水蒸気と熱気で充満してます。
ーーえ、これってまさか…?
琴海地区初!テントサウナです!
そう、こちらは自然の中でテントを立てて、薪ストーブで火を起こし、テント内に蒸気を充満させて行うサウナ。自前のテント持ち込みや貸出でキャンプができることはもちろん、常設のテントと準備してある薪を使って自由にテントサウナが楽しめる。サウナ発祥の地・フィンランドにインスピレーションを受けて導入したのだという。フィンランドでは湖の近くなどにもサウナがあり、年中通して国民がサウナを楽しむ。体を十分に温めた後は、冬場でも冷たい湖に入って体を冷やし、外気浴を行うのだ。
ーーフィンランド式のサウナなんですね!…ということは?
こうやって水風呂として川に入ります!
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なんと、ここまでフィンランド式に則ったサウナであった!アウトドアでサウナを楽しめるだけでなく、天然の水風呂がすぐそばに用意されている。川遊びといえば、真夏の暑い季節に冷たい水を楽しむものというイメージが定着しているが、これなら少し涼しくなってきた秋季、チャレンジャーなら冬場でも訪れるかもしれない。
この「清流と棚田の郷」管理者である吉川さんは、仕事を定年退職後、子ども支援プロジェクトとしてここの運営に携わり始めた。夏季は子どもたちに大人気な体験スポットであるこの場所も、シーズンを過ぎれば人の動きがぱったりと止んでしまう。また、訪れるのも学童保育の団体が夏休みに毎年恒例でやって来るなど、利用者する層が固定されてしまっていたことが現状だった。そんな折に、協力隊としてやってきた齋藤さんが、フィンランドの文化にインスピレーションを受けてアイデアを持ってきた。どんなもんだと任せてみたら、思いの外良かっただけでなく、情報発信を得意とする齋藤さんが、どんどんと口コミや紹介で知人を連れてくるではないか。豊富な天然資源の新たな活用シーンと、今までに無かった層がこの地域へ遊びにくるようになった。
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川から上がったら、椅子に座って外気浴。水の流れる音、森の空気、太陽の光を感じながら、まさに「整う」を実践する琴海流のテントサウナ。「ね、いいでしょ?」と満足気な齋藤さんの声に頷く。確かにこれはクセになりそうだ。そう思いながら第2ラウンドでテントへ足が向かう僕がいた。
HP:清流と棚田の郷
琴海地区の無人島へ
埋もれる地域の宝を掘り起こす
テントサウナでさっぱりした後は、次の場所へ。車で走ること十数分、今度は海辺までやってきた。待っていてくれたのは東さん。吉川さんに続いて、次の場所へ案内してくれる管理人さんだ。
ーーこんにちは!次はどんな場所なんですか?
海を渡って行くよ。ライフジャケットを着ておいてね。
そう言われるがままに従う僕たちを、東さんはボートで牽引してある場所へ連れて行ってくれた。やがて見えてくる陸岸。どうやら島へ向かっているようだった。
ーーここが目的地ですね!?
はい、着いたよ〜。ちょっと待っててね。
そうして僕たちが上陸したこの島は、無人島・湯島。穏やかな大村湾に囲まれた、誰もいない島だ。東さんはこの湯島を管理しており、予約をすれば貸切で好きに遊べるようになっている。海釣り、BBQ、シーカヤック。ここで仲間とゆっくり過ごせば、プチ無人島ライフを送ることができるのだ。
東さんが一人で運営していた時は、このようなアクティビティも無く、予約システムすらも整備されていなかった。齋藤さんは、豊富な観光資源があるにもかかわらず、十分に活用しきれていない現状を見たのだった。WEBサイトを立ち上げて予約窓口を整え、知人を招いてアクティビティのモニター参加者の様子を記録、集客のためにこの無人島で体験できる遊び方のイメージを発信した。今では毎週定員に達してしまうほどの人気スポットになりつつある。
清流と棚田の郷とも同様、既存の地域資源をどう活用するか、若い人がどう遊ぶかを考えて提案する。情報を発信することで、それを面白がれる人たちが自然と集まってきているように思える。何よりも、外に向かって琴海での遊び方や魅力を発信し続けることが、その地域の個性を形作っている側面もある。自然の中で遊ぶ姿を見せれば見せるほど、琴海での過ごし方のイメージが刷り込まれていくのだ。

齋藤さんは、この地域での“遊ぶような暮らし”を自分自身が楽しんでいるように思える。地域住民ともコミュニケーションを図りながら、そこに眠るポテンシャルを引き出すためのアイデアを外から持ち込める発想力があった。また、それを上手に見せられる身のこなしは、自分の得意なステージへと引き込めているということでもある。地域の魅力を齋藤さんのやり方で膨らませていく姿は、一緒に参加したくなるようなワクワクに満ちていた。