2月2日は節分。2月3日ではなく2日に節分がくるのは124年ぶりという。節分といえば豆まきだが、「鬼は〜外!福は〜内!」の掛け声が一般的。しかし、岡山には「鬼は〜内!福は〜内!」と言いながら豆まきを行う神社があるという。一体何故?その理由や歴史を調べてみた。
130年以上の歴史がある岡山・宗忠神社
「鬼は〜内!福は〜内!」の掛け声で豆まきが行われているのは、岡山市北区上中野にある「宗忠神社」。ここは、江戸時代に開かれた神道「黒住教」の教祖・黒住宗忠が祀られている。学徳向上、家内円満、病気平癒、事業繁栄の開運の神様として親しまれ、毎年春に絢爛豪華な装束をまとった行列が市の中心部を練り歩く「御神幸」は市民にもよく知られている(2020年春は新型コロナウイルスの影響により初の中止)。
宗忠神社の節分行事
「世の繁栄を祈り、人々の厄難を祓って、心身健全、開運長久を願うみ祭り」として昔から行われ、例年は多くの参拝者が詰めかける宗忠神社の節分行事。2021年は新型コロナウイルスの感染状況を考慮し、関係者のみでの「節分祭神事」が行われる。
この節分行事で発せられる掛け声「鬼は内、福は内」のはじまりは、ご祭神・黒住宗忠が存命中まで溯るという。
「鬼は内」のはじまりは、まさかの言い間違い⁈
黒住教に伝わる逸話によると、ある節分の日、“鬼やらい”の豆まきを終えたことを報告した妻に、宗忠神が「今年は、格別に有り難かった」と言った。理由を尋ねると、
『福は内、鬼は外』が、いつの間にか『福は外、鬼は内』になって、それが実に面白く、格別に有り難いと思ったのだ
(黒住教公式サイトより)
と答えた宗忠神。つまり、妻が「鬼は内」と言い間違えていたのだ。
どこでも追いやられる鬼に対するやさしさ
言い間違いに気づき慌ててやり直しを申し出る妻に、
「やり直しどころではない。今夜は、どの家からも鬼は追い出されて寒さで震えていることだろう。一軒ぐらい温かく迎え入れる家があってもよいではないか。また、どの家も福を取り入れようと懸命になっているが、それではせっかくの福も少なくなってしまい、結局はホンの少ししか来ないことになろう。これも、一軒ぐらいは福をよそに譲る家があってもよいではないか。心配はない。もしも鬼が内に入ってきたら、その鬼を福に導いてやろう。ハッハッハ…」。
(黒住教公式サイトより)
と話した宗忠神。どこに行っても追いやられている鬼を迎え入れ、福を取り合うのではなく譲る気持ちを持とうということだ。
宗忠神が詠んだ歌
こうして始まった「鬼は内」の掛け声と共に、宗忠神が詠んだ歌が今なお、宗忠神社の節分行事に受け継がれている。
鬼追わず福を求めず我はただ
追われし鬼を福にみちびく(黒住教公式サイトより)
2021年は一般参拝者を招いての節分行事は中止となったが、この歌を掲載した「おに福豆」の拝載は行われている。
他にもある!「鬼は内」の節分神事
「鬼は内」という掛け声で節分行事を行う神社は宗忠神社だけでなく、調べてみると埼玉県の「鬼鎮神社」、東京・新宿歌舞伎町の「稲荷鬼王神社」などがあるようだ。いずれも神社名に“鬼”がつくから鬼を迎え入れる姿勢は納得できるが、宗忠神社のように言い間違いから始まったものが、ご祭神の教えとして受け継がれているというのは珍しいかもしれない。
コロナ禍で迎える節分。鬼は外、鬼は内、どちらの掛け声で豆を撒くとしても、この禍が早く鎮まり平穏な世界が戻ることを願うばかりである。