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特集 | ニュー・移住スタイル

東京都と岡山県で二拠点生活をするあかしゆかさんは、書店を開き、心も開く

雑誌『ソトコト』編集部

雑誌『ソトコト』編集部

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二拠点生活と聞いて、どのようなライフスタイルを思い浮かべますか?二拠点生活は、拠点間の距離、過ごす日数、往復する頻度など、人によりさまざま。東京都と岡山県を往復している、あかしゆかさんの二拠点生活を紹介します。

目次

月に一度、オープンする小さな書店『aru』。

東京都23区内と岡山県倉敷市児島地区(以下、児島)の二拠点生活を約3年半続けている、あかしゆかさん。京都府出身で、現在東京でフリーランスの編集者兼ライターとして活動している。

児島に滞在中のあかしさんを訪ねることにした。JR瀬戸大橋線児島駅から、海沿いの国道430号線を車で東へ進むと、目の前に穏やかな瀬戸内海の景色が広がった。大小の島々が点在する独特な海景は「多島美」と言われる。島々に加えて瀬戸大橋も望むことができた。

さらに進むと、変わった形の岩や巨石が特徴的な王子が岳のふもとに小さな書店があった。穏やかな海とたくましい山の間で、存在感を放っている書店。それが月に一度、3日から6日ほどオープンする書店『aru』。ここを開店した人こそが、あかしさんなのだった。

『aru』の店内からは、瀬戸内海の美しい景色が見える。海を感じながら本を選ぶと、自分にとって新しい一冊に出合いやすいのかもしれない。
児島から見える海景。あかしさんは「瀬戸内海を見ると、穏やかでリラックスした気持ちになります」と話す。

あかしさんの二拠点生活は『aru』ありきで始まった。きっかけは、2020年夏。以前からの友達である、山脇耀平さん、島田舜介さん兄弟が営む児島のホステル・アパレル・カフェの複合施設『DENIM HOSTEL float(以下、『float』)』を訪ねたときのことだった。ちなみに児島は国産のデニム製品「ジーンズ」の発祥地。彼らは児島を拠点にデニムブランド『ITONAMI』も営み、「デニム兄弟」と呼ばれている。

当時あかしさんは離婚直後で精神的に落ち込んでいて、『float』で2週間ほどを過ごした。波の音を聴き、彼らとご飯を一緒に食べ、いろいろな話をし、笑い転げる日々のなかで、心身が満たされていった。「この生活をずっと続けたい」とまで感じたそうだ。そんなあかしさんに、ある日島田さんが言った。「ゆかちゃん、『float』から歩いて数分の物件が空いてるで! なんか児島で始めようや!」。あかしさんは真っ先に「やりたい。本屋やりたい!」と答えていた。

学生時代にたまたま求人を見つけ、個性的なセレクト書店でアルバイトをし、そこで出会った人や本から大きな影響を受けたことが、あかしさんと本を結ぶ原体験ではあった。でも「やりたい」と即答したのは、直感だったという。「振り返ると、いつもそこに何かきっかけが『ある』から、動いてきたことの繰り返しでした。あるな、と直感するものには、必ず何かがある。自分が『何かありそうだ』と思えることに、素直に、楽しく、軽やかに乗っかって生きていきたいと思ったんです」。

お店づくりにはお金も時間もかかるけれど、一歩踏み出そうと決断したあかしさん。「ただ二拠点生活をするよりも、お店という商売をすることでお金をかけていい言い訳をつくったんです」。あかしさんは児島の土地や人々としっかり向き合おうと覚悟し、自分に対して”ゴーサイン“を出したのだろう。以来「毎月児島へ行く。行くことをやめない」と自分に約束し、それを守り続けている。

右上/本の整理をするあかしさん。右下/あかしさんの著書『海にもぐる』も販売。左上/『DENIM HOSTEL float』から譲り受けたレトロなスリッパ。左中/さまざまな形で本を魅せるように陳列。王子が岳エリアは国立公園のため新しい建物をつくれず、古い建物を生かした店舗が多い。左下/古いワインシェルフを活用している文庫の本棚。

あかしさんは「デニム兄弟」など仲間たちと空き家の床張りなどの改修をし、お店をつくり始める。「つくることって、救いなんだなと思いました。特に落ち込んでいる時期だったので、誰かに助けてもらってお店という形ができていくプロセスが、自分の回復につながったんです」と語る。『aru』は、こうして2021年4月にオープンした。店名には、「ただそこに『ある』場所にしたい」と、人生の指針となる言葉が採用されている。

今の自分のことが気に入っています。

『aru』からも、瀬戸内海が見渡せる。あかしさんは、地域の人々はもちろん、その穏やかで雄大な海からも影響を受けていると強く感じるそうだ。だからこそ、穏やかな気持ちになるような優しい本を中心に選んでいる。「常連さんの顔を思い浮かべて『この本は喜んでくれそうだな』と仕入れることもあります」。

毎月児島に1週間から10日ほど滞在し、週末を中心にお店を開け、選んだ本を並べて、掃除や本の整理をし、海を眺めたり読書をしたりしながら、お客を待つ。編集者という仕事柄、東京では能動的に人に会いに行くことが多いあかしさんは、初めて「待つことのおもしろさ」を感じたという。「誰が来るのか分からないドキドキ感を抱えながら待つのは、おもしろいです。この建物が『aru』になる前の住人さんがいらしたり、高校時代の友人がふらっと来たりして、いろいろな出会いがありました。お客さんと静かに会話をして、本を販売して、お店を閉めて……という繰り返しが、大事な習慣のようになっています。そのなかでしか味わえない喜びがありますね」。

あかしさんが二拠点生活で享受しているものがもう一つある。「ここで生活しているときの自分が好きなんです。友達やお客さんなど大事な人がたくさんできました。そんな人たちと一緒にいる自分のことも気に入っているんです。東京での自分も好きですけど、児島に来て心地いいバランスがとれました」。

あかしさんは、さらに一歩、人生を進める予定でいる。ここ数年のうちに都内で暮らしている夫と岡山県内へ移住し、二拠点生活を終えるつもりなのだ。あかしさんはこれからも、自分を幸せにしていく一歩を誠実に歩んでいくのだろう。

左/「『aru』はいつでも自分の心地いい状態に立ち返れる場所になっています」と話す。右上/『aru』の近隣にある複合施設『DENIM HOSTEL float』。右下/『DENIM HOSTEL float』敷地内にはサウナも。下中/『DENIM HOSTEL float』内では自家製麺のラザニアとナチュラルワインの飲食店『pile』が営業中。あかしさんはよく行くそう。

あかしゆかさんが考える二拠点生活5つのキーワード。

keyword 1:仲間や地域の人

飾らない自分でいさせてくれる人たち。
「児島では毎回友人とご飯を食べたり、地域の郵便局の局長さんと話したります。『デニム兄弟』の二人をはじめ児島で出会った仲間といると、飾らない自分でいられるんです。児島には新しい挑戦をする人を受け入れる温かさもあります」

keyword 2:移動手段

新幹線・電車のほかマイカーで移動。
「都内からJR岡山駅経由で、JR児島駅までは新幹線・電車で、倉敷市近辺では愛車のパジェロミニで移動しています。フライトチケットが安い時期には、飛行機を利用することも。航空会社により岡山空港や高松空港を利用しています」

keyword 3:仕事

パソコンがあれば児島でも仕事はできる。
「クライアントさんのほとんどは都内や全国各地にある会社ですが、児島の自宅で執筆やオンラインミーティングなどをすることもあります。岡山市の古道具屋などで家具を揃え、児島でも仕事をする環境を整えています」

keyword 4:住まい

児島で借りた海が見えるマンション。
「二拠点生活を始めた頃は『DENIM HOSTEL float』などに滞在していましたが、『デニム兄弟』が現在の家の大家さんを紹介してくれて、児島でも家を借りて暮らしています。自宅からも海を見ることができるところが気に入っています」

keyword 5:お金

お店に費用がかかる分、交通費はできるだけ節約。
「お店づくりに数百万円かかったため、交通費はなるべく抑えたく、新幹線はJRの『エクスプレス予約』を利用。事前に予約すれば割引が利くのでお得なんです。また、児島で車を友達に貸し、ガソリンを入れて返却してもらうことも」

『aru』・あかしゆかさんの、移住にまつわる学びのコンテンツ。

Book:私とは何か──「個人」から「分人」へ
平野啓一郎著、講談社刊
「“本当のたった一つの自分”など存在せず、いろいろな自分がいていい」と気づかされた本。児島にいる自分も東京にいる自分も、今の私に欠かせません。生活のあり方を通して心地いい「分人」の比率を、私はいつも模索しているのだと感じます。

Magazine:日常 2号
全国の地域に根ざす人々を紹介する雑誌。地域への新しい視点を与えてくれます。特に2号は神奈川県の『本屋・生活綴方』さんの記事がおもしろく、このようにまちに開いていくやり方があるのか、と学びになりました。

Website:コロカル
ローカルがテーマのWebマガジン。二拠点生活を始めてから地域の仕事が増え、読む頻度が増えました。お気に入りの連載は「マチスタ・ラプソディー」(現在は終了)。同じ児島でおもしろいビジネスをしていた人がいたことに刺激を受けました。

photographs by Yuta Togo text by Yoshino Kokubo

記事は雑誌ソトコト2024年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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