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やりがい不足で脱サラ。悶々とした日々を抜け出した安倍誠さんの「岐路」とは?

斉藤恵美利

斉藤恵美利

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「このままでいいのだろうか」やる気に満ちて入ったはずの会社。それなのにやりがいを感じられず、悶々としている人は多いのではないだろうか。そう思う人にとって、脱サラし、今の仕事に心からやりがいを感じている安倍誠さんのお話は、一歩踏み出す勇気やヒントをくれるものだった。何かを変えたい、その勇気を持ちたい人にぜひ読んでみてほしい。

【目次】
- ピースワンコ・ジャパンで保護犬活動をする安倍誠さん
- やりがいを見出せなかったサラリーマン時代。脱サラを決意した理由とは
- 人生の岐路となった、愛馬の最期
- 直面した壁と、選んだまわり道
- 保護犬活動で気づいたやりがいの本質
- 命と向き合うことで出会えた、心に残る二頭の保護犬
- 脱サラは、悶々とした日々から抜け出すための一つの手段
目次

ピースワンコ・ジャパンで保護犬活動をする安倍誠さん

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犬の保護・譲渡活動を行う、ピースワンコ・ジャパン(※)のプロジェクトリーダーである安倍誠さん。新卒で入職した食品関係の仕事を脱サラし、乗馬インストラクター・競走馬の育成牧場へ転職。そこでの経験を経て、現在の仕事に就いている。
※ピースワンコ・ジャパン
犬の殺処分ゼロを目指す事業。国内外の自然災害、あるいは紛争や貧困など、人為的な要因による人道危機にさらされた人びとを支援する、国際協力NGO『ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)』が国内で行っている事業の1つ。
オンライン取材当日、自宅だという画面の中には一匹の犬が映っている。「ショーティ君です。めちゃくちゃ可愛いですよ」そう話しながら安倍さんは、ショーティ君にほほ笑んだ。
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ショーティ君は高齢の保護犬。安倍さんに懐いていることもあり、自宅でも世話をしているのだという。
高齢犬を自宅に連れて帰り世話をしたり、会議やイベントにも犬が同伴したりと、ほぼ365日24時間、犬と共に過ごしている安倍さん。大変そうと言われることもあるが、「犬が好きなので全然飽きない」という。
今は充実した毎日を送っている安倍さんも、最初は仕事にやりがいを感じられず、「好きなことをしたい」と脱サラした一人だった。そして今はサラリーマン時代からは考えられないほど、仕事にやりがいを感じている。
脱サラしてから今の仕事に出会うまでの道のりには、一体どんなストーリーがあったのだろうか。そこには、脱サラしていなければ経験できなかった、安倍さんの人生を大きく変える出来事があった。

やりがいを見出せなかったサラリーマン時代。脱サラを決意した理由とは

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大学卒業後、東京にある食品関係の会社で営業の仕事をしていた安倍さん。商談が成立しても、成績が上がっても、心の底から嬉しいと感じることはなく、この仕事を何十年も続けたいとは思えなかった。悶々と過ごす日々の中、「人生いつ終わるか分からない。先延ばしにせず、やりたいことは今やろう」と脱サラを決意する。
安倍さんがやりたかったこと。それは、大好きな馬と暮らすことだった。馬と初めて触れ合ったのは子どもの頃。故郷である北海道で乗馬をするうちに馬を好きになり、「いつかは地平線までみえるような広い大地の中で、大好きな馬と暮らしたい」と思い描くようになっていた。
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放牧地で馬たちと遊ぶ様子
馬の魅力について安倍さんはこう語る。
「馬も、犬や猫と同じようにすごく人に懐くんですよ。頭も良いですし、毎日お世話をしていると友達のようになれる感じ。感情豊かで、仲間想いの優しい性格なんです」
徐々に馬への思いが募り、脱サラ後、故郷である北海道にUターンして乗馬インストラクターの仕事を始めた。念願だった馬と過ごす日々は楽しく、充実していたという。
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その後、知人の紹介で競走馬の育成牧場へと転職。馬と関わる仕事に就き、それだけでも充分幸せを感じていたが、そこでの“ある出来事”が安倍さんの人生の岐路となる。

人生の岐路となった、愛馬の最期

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北海道の牧場にて
競走馬の育成牧場では、レースに出る馬の体調管理やエサやり、ブラッシング、掃除など、馬の世話全般を行った。一番近くで馬を支えられる仕事にやりがいも感じていた。
ある日、生まれた時から立ち合い、可愛がっていた馬がウォブラー症候群という病気になってしまう。ウォブラー症候群とは、何らかの原因で脊髄が圧迫されることにより、主に後肢に運動失調や感覚麻痺を引き起こす病気である。2歳以下の若馬に発症することが多く、愛馬もわずか1歳半だった。
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日常生活に支障はないが競走馬としての能力は落ちてしまう。そのため、殺処分の判断になった。安倍さんは「どうすることもできなかった」と、やりきれない思いを口にした。それから殺処分までの一か月間、愛馬に謝り続けたという。
そしてついに、殺処分当日。安倍さんの腕の中で、獣医師による殺処分の注射が打たれた。
「最後は愛馬の恐怖心を和らげるために、撫でることしかできませんでした」
安倍さんはその時を思い出すように目をつぶり、手で胸のあたりを押さえながら、ゆっくりと、こう続けた。
「その時に、愛馬は最期まで『生きたい』と訴えかけているように感じました。その気持ちが、全身から、目から、伝わってきたんです」
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亡くなった愛馬のたてがみ
自分の腕の中で、最後まで生きることを望んでいるように見えた愛馬。人間の都合で、生きたくても生きられない命がいる――。情報として知ってはいたが、改めて体感した瞬間だった。それと同時に、自責の念がこみ上げた。
「長い間自分のことしか考えず、自分の幸せだけを追求し、愛馬の殺処分に対して何もできなかった。これからの人生は、見て見ぬふりはやめようと、人間の都合で処分になる命を救いたいと思ったのです」
この出来事が、現在の保護犬活動へとつながる大きなきっかけとなった。

直面した壁と、選んだまわり道

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現状、病気や引退を理由にレースに出られなくなった馬は、ほとんどが殺処分となってしまう。25~30年と言われる寿命を全うできる馬は、ほとんどいない。
原因の一つに、馬の飼育にはお金がかかり、引退後の馬を引き取る牧場が少ないことが挙げられる。
さらに、一般的に経済動物とされる馬の問題解決は非常に難しい。競馬を運営しているJRA(日本中央競馬会)は国が出資する特殊法人であり、農林水産省の監督下に置かれている。競馬は国民的レジャーであり、それを提供する社会的意義があるとされているのだ。そのシステムを変えていくためには、多くの人の理解やシステムの変革が必要となり、すぐに解決することは難しい。
そこで安倍さんは、人間にとって身近な犬や猫の問題に目を向けた。
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「競走馬の牧場で働きながら、犬猫の殺処分問題に貢献したいという思いがあり、動物愛護団体のボランティアに通っていました。それもあり、人間にとって身近な犬や猫の問題から、動物の命の尊さを広げていき、いつの日か馬などの経済動物の問題へつなげたいと思うようになったのです」
その後、安倍さんは3か月間かけて日本中でボランティア活動を行った。各地の動物福祉団体や個人活動家のもとを回り、犬猫の殺処分問題の構造を学んだり、解決方法を探したりした。
そのボランティア活動の終盤で出会ったのが、ピースワンコ・ジャパンだ。
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「ドリームボックス」と呼ばれる殺処分機
犬の殺処分数は減少傾向にあるが、現在も年間5,635頭(2019年度・環境省HP)の犬が殺処分されている。その問題を解決しようという姿勢に共感し、施設を訪問後、2~3週間後には入職していたという。

保護犬活動で気づいたやりがいの本質

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保護後、一頭ずつ検査を行う様子
ピースワンコ・ジャパンが目指すのは、犬の殺処分数ゼロ。かつて犬の殺処分数ワースト1だった広島県に拠点を置き、2016年4月から、広島県の犬の殺処分数ゼロを更新し続けている。
安倍さんも拠点のある広島県へ移住し、犬の保護活動を開始した。大変なこともあるが、保護犬のために活動することで、サラリーマン時代には感じられなかった心の底からの喜びを感じられた。
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愛護センターにて保護する前の犬たち
「毎日愛情を込めて接することで、触れなかった犬を触れた時や、人間不信になっていた犬が笑顔を向けてくれた時は本当に感動します」
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元噛み犬のリサリサちゃん
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人への不信感が強く、噛み犬だったモンキチ君。今では甘えん坊な普通のわんこ。
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はじめは寂しそうで、不安な表情だった熊五郎君。スタッフからの愛情を受けて穏やかな表情に。里親さんが決まり、ついに卒業の日。
「自分のためだけに生きていたら、後悔が残る気がするんです。何かに貢献することが、心の底から自分に幸福感を与えてくれるのだと思います」
自分にとって、貢献することで幸せになれる対象は何だろうか。その対象を探すことも、仕事に心からのやりがいを見つけるためのカギとなるかもしれない。

命と向き合うことで出会えた、心に残る二頭の保護犬

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今までたくさんの犬を保護してきた安倍さんだが、その中でも、今、特に心に残っている犬を伺った。
一頭目は、元噛み犬・捨て犬だったガッツ君。警戒心が強く、殺処分対象だったところをギリギリで保護した。愛情を込めて世話をするうちに、ガッツ君はまるで鎧を脱いだように性格が変わり、優しい表情を見せてくれるようになった。
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安倍さんの心に残る一頭、ガッツ君
その後、譲渡会へ連れて行くとガッツ君をずっと見ている中年男性と出会う。話をしてトライアルをしてみてもらったところ、その家族への譲渡が決まったという。
「今も家族の一員として、本当に幸せにしていただいています。定期的に施設に遊びに来てくれますが、ガッツ君の表情が施設にいた時よりもさらに幸せそうになっていて、こっちがジェラシーを感じてしまうほどなんですよ」
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今は新しい家族と幸せに暮らしている
最初は譲渡できるか心配だったガッツ君の幸せそうな笑顔は、安倍さんに大きな喜びや力を与えてくれた。
そしてもう一頭は、最近看取ったという高齢犬のマロン。持病もあったことから譲渡が難しく、最期まで世話をしていたという。
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いつも一緒に過ごしてきたマロン
「毎日家に連れて帰り、どこに行く時も一緒でした。家族のような存在だったので、亡くなった時はとてもつらかったです」
時折切ない表情で、マロンとの思い出を語る安倍さん。マロンのように譲渡が難しい犬もいるが、どんな犬も最期の瞬間まで、愛情を込めて寄り添っている。
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ガッツ君もマロンも、保護しなければ助からなかった命。大変なこともあるが、命がつながり輝く瞬間は、何ものにもかえがたい喜びがある。

脱サラは、悶々とした日々から抜け出すための一つの手段

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マロンとショーティ君
サラリーマン時代では考えられないほど、今の仕事に夢中になっているという安倍さん。取材中、「今日も本当は休みですが、この後仕事場に行くんです。ボランティアでね」と笑って話す姿が印象的だった。
「私の場合は、脱サラして本当に良かったと思っています。もし迷っている状態であれば、挑戦した方が後悔は残らないのではないでしょうか。少なくとも、迷っている悶々とした日々からは抜け出せると思います」
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犬舎から見える景色
確かに脱サラは簡単なことではない。脱サラ以外の選択肢だってあるかもしれない。しかし、何かを変えなければ、ずっとそのままだ。
一歩踏み出すことで、心から自分を満たしてくれる仕事を見つけたり、やりがいを感じられる対象と出会えたりできるかもしれない。脱サラは一つの手段。安倍さんのように、行動した先にしか見えないことや、感じられないことがきっとあるだろう。

ミチシルベ(道標)〜ピースワンコ ・ジャパン 夢之丞物語

ピースワンコ・ジャパン 公式Youtube
取材・文:さいとうえみり
写真:安倍誠

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