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顔ハメ看板にハマり続ける塩谷朋之さんに、マニアの哲学を訊いてみた。

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観光地の撮影スポットやお店の軒先で見かける「顔ハメ看板」。この看板を探し歩いては写真を撮り続ける顔ハメ看板ニストこと、塩谷朋之さん。どうしてそこまでハマり続けるのか?ハマった先に何があるのか?そのマニアックな世界を覗いてみた。

目次

塩谷さん、顔ハメ看板のことを教えてください!

塩谷さんはライフワークとして顔ハメ看板にハマり続けているとのことですが、どれぐらいのペースでハマっているのでしょうか?

現在は新型コロナウイルスの影響で出歩くことを控えていますが、普段なら週に2、3回は行きますね。昨年は、年間500枚ほどのペースでした。単純に考えると、一日に一枚以上撮っていることになりますね。4〜5年前までは年間300枚程度でしたが、年々増えてきています。

塩谷さん

かなり多いですね…。それはもちろん、被りもあるんですよね?

 

いえ、同じ看板にはハマらないようにしているので、純粋に全部新しい看板にハマった数字です。もし同じ物にハマったとしても、枚数にはカウントしていません。

新しい物だけ!?そんなに顔ハメ看板ってあるんですか?

SNSの普及などに伴い、昔に比べると顔ハメ看板の数はかなり増えてきています。昔は写真を撮っても、家族のアルバムに入るくらいで他人に見られることがほとんど無かったので、顔ハメ看板としてのポテンシャルを活かしきれていなかった。でも、今はSNSという多くの人に見てもらえるツールがありますし、ネタとしても最適な顔ハメ看板をみんなが“使う”ようになったわけです。

また、昔は大工さんや看板屋さんが作るような立派なものがほとんどでした。それが今では、ネットプリントなどで安く簡単に作成できるように。日付入りでイベントのためだけに用意されることもありますが、昔だったらありえないことです。

顔ハメ看板を作る側も、撮る側も手軽になったんですね。ハマり続けて何年になりますか?

 

20歳くらいから始めて、17年程になりますかね。通算では4000枚以上ハマっています。枚数は目的ではないので、特に統計を取ったり傾向を調べたりなどはしていません。では、なぜ枚数を数えているのか?という話になりますが、強いて言うなら自分で把握するためですね。体調を管理する、みたいな感覚ですかね…。

高知の役場の倉庫にて
倉庫で眠っている顔ハメ看板で撮影させてもらうことも。

くだらなければ、くだらないほど、良い

もう、生きることと同義なんですね…。どうしてそんなに夢中になってしまったのか、気になります

これといって明確なきっかけが一つあるわけではないんですが、印象に残っている顔ハメがいくつかあります。
まずは、50枚目の時。とあるビニールハウスの中に捨てられている顔ハメを見つけて、撮らせてもらえませんか?とお店の方にお願いしました。すると、かなり面倒臭がられたんですね。

正直な方ですね(笑)

「え、こんなの撮る人いるの?」というリアクションでした。 お願いします、撮ったら元に戻しますので、と続けたら「そんなに言うんだったら…」と ビニールハウスから出してくれました。

50枚目
宇宙飛行士のイラストが描かれているが、お店には全く関係なく、宣伝要素はない。

撮り終わって元に戻そうとしたら、「あ、いいよそのままで。お兄ちゃんみたいに撮りたい人がいるなら、また出そうかな」と言って、綺麗に看板を拭き始めたんです。

すごい!塩谷さんのおかげで復活したんですね!

この時の体験が面白かったんです。お店の宣伝でも無いのに、お客さんの為だけに設置するってすごいな、と。ただ、くだらないことを真面目にやるのが面白いなと思っていたんですが、この時のおじさんとの出会いが、作り手の想いに触れる体験になりました。

他にも、実は顔ハメ看板が多い消防署。訪ねていくと、他の支局に電話して繋いでくれたり、看板を塞いでしまっていた消防車を動かしてまで出してくれたり。緊急時に動くのは当たり前なのですが、顔ハメというくだらないことで動いてしまうことがとても面白かったんです。くだらなければくだらないほど、命をかける価値があるなと。
この辺りからは、調べて顔ハメに行くようになりました。それまでは、見つけたら撮る程度だったのですが。

消防車まで動かしてしまったんですね…。では、そのような体験がいくつかあったと?

そうですね。一つの大きな転機があるというよりは、おじさんが顔ハメをもう一回置いてくれたり、消防車が動いちゃったりなど、複合的な理由です。顔ハメにまつわる色々なエピソードや体験により、どんどん夢中になっていきました。

消防署の顔ハメ
子ども向けの防災イベントなどがあるため、消防局に顔ハメ看板があることが多い。

顔ハメ看板から生まれる、人との出会い

顔ハメから生まれるコミュニケーション

それから、積極的に顔ハメ看板を探し求めるようになったんですね。それにしても、お願いすればすんなりと聞き入れてくれるものでしょうか?

僕が顔ハメ看板にハマって写真を撮る際には、できるだけ空いている穴は全て埋めるようにしています。なので、一人の時にはその場に居合わせた知らない他人に声をかけて、一緒に写ってもらえないかをお願いするんです。そうすると、8割くらいの確率で一緒にハマってくれるんですよね。

急にそんなこと言われると驚いてしまいそうですけどね(笑)

おそらく、心理的に穴が埋まってないと気持ち悪いんでしょうね。一度、地域のカカシ祭りに出してある顔ハメに行ったことがありました。顔を出す穴が二つ空いていたので、たまたまそこに居た年配の方に声を掛けました。最初は、「えー!無理無理!写真なんて恥ずかしいよ」と言って断られ、仕方なく一人で三脚を使用して撮影していたのですが、後からその方が戻ってきたんです。「やっぱり一緒に撮らなきゃダメかねぇ?」とあちらから
声を掛けてくれました。

カカシ祭りの看板にて
この方の協力により、無事に穴を埋めた状態で撮影ができた。

きっと、穴が二つ空いている顔ハメ看板に一人で撮影している光景が、とてもじゃないけど寂しすぎたんでしょうね。純粋に写真が恥ずかしいという方はたくさんいらっしゃいますが、こうして協力してくれる方がほとんどです。

一緒に撮って欲しいとお願いされたら、かなり記憶に残りそうです。

そういえば、先日僕も出店していた「マニアフェスタ」というイベントでも面白いことが起きました。とあるお客さんが本を購入してくれた後、「私も昔、塩谷さんと一緒に顔ハメしながら写真撮ったことあるんです」とのこと。思い返せば10年前、塩谷さんが某美大の作品展示会に出向き、この方の顔ハメ看板の作品に一緒に写ったのでした。

美大の卒展
「初めてそんなこと言われました!」と笑いながら一緒に撮ってくれたとのこと。

顔ハメ看板の哲学

顔ハメ看板で10年ぶりの再会を果たすとは…!ちなみに、写真の塩谷さんの表情は毎回“真顔”ですが、これはなぜでしょうか?

顔ハメ看板が主役なので、自分はできるだけ目立たないように雑味を消しているんです。ですので、眼鏡も外しますし、表情も真顔です。顔ハメを始めた初期の頃は、まだ眼鏡も付けたままで、看板に出会えたことが嬉しくて、笑顔で撮っていましたね。また、看板の周りから体がはみ出ないようにしなければいけません。看板の中にきっちり収めましょう。

撮影風景・裏側
撮影中のパネルの裏側はこのような光景が。いかに看板と一体化するかを考えてポーズを取る。

裏側から見るとものすごく面白いですね(笑)!他には撮る際のポリシーなどありますか?

最近では、より引き目の写真を撮るようになってきました。看板自体が面白いというのもありますが、何よりも「え、ここにあるの?」という、設置場所を背景として入れた方が面白いんです。たとえば、横浜中華街のキャラクターが描かれた顔ハメがあるのですが、その場所がとても微妙で。

横浜中華街
中華街の最寄り駐車場の中にある顔ハメパネル

大きくパーキングという文字が書いてありますが、もっと中華街の入り口に設置するなどした方が良いのでは…。なぜ駐車場に…。

本当ですね。お隣に写っているのはどなたですか?

あ、清掃のおじさんです。快く引き受けてくれました。

裏側がすごく気になる…。それでは、今後の活動についてお聞きしたいのですが、目標などありますか?

そうですね。これはコンプリートするような種類のものでは無いので、実はあまり目標や明確な理由などは無いんです。ただ、続けているだけ。顔ハメ看板があるから、ハマってるだけで。
通算100枚目を達成した時は、嬉しくて記念缶バッジを作っちゃったこともありました。

100枚目、動物園
動物園にて、干支のモチーフの顔ハメ。当時まだ三脚が無く、その場にいる他人に撮ってもらった。

ですが、この100枚目が数字的な満足感を得られた最後の一枚です。これ以降が、ずっと少ない気がしています。もっと撮らなきゃ…まだ足りないな…という感じに。

そんな…4000枚以上に到達しているのに…(笑)

もっと1万枚くらい行きたいんですけど、まだ半分も行ってないな…という気持ちです。また、ハマることに意味があるので、やっぱりその場所に出向いてその土地を感じなければなりません。たとえ、今日は仕事終わりだから疲れたな、とか、ちょっと風邪気味で体調悪いな、という時があっても、ハマらなきゃいけないんです。ただ楽しいことを追求する趣味の領域とは、もはや少し異なります。何かに突き動かされるような感覚に近いですね。

マニアの境地に至っていますね…!

そうなんです。皆さんも、自分でもよく分からないけどやってしまうことってありませんか?スポーツ番組をやってたら絶対に観ちゃうとか、メニューにカレーを見つけたら絶対に頼んじゃうかとか。それが目に入ったら、気になってしょうがない、ハラハラしてしまう、という感覚。自分にしか無い感覚で、それを気にしないで済む他人のことがちょっとだけ羨ましく感じてしまうような。いいなぁ、みんなハマらなくてもいいんだ、みたいな気持ちです。

確かに、それは少しわかるかもしれません。自分だけが気にしてしまう、気にならない他人が羨ましい気持ち。顔ハメ看板がそこまで気にならない人は、ハメてもハメなくても、選択肢はどっちでもいいんですよね。でも塩谷さんは…

ハマらないといけないんです。なぜか。

神様のいたずらかのように思えてきますね(笑)

今の時代、衣食住の他にも、個人として満足を得るため、幸せになるためのものが何かプラスアルファで一つ必要だと思います。それでこそ、自分で居られる、アイデンティティのようなものです。それが、残念ながら僕は「顔ハメ看板」だったみたいです。

塩谷さん、ありがとうございました。これからも素敵な顔ハメ看板の写真を撮り続けてください。

ありがとうございました。

撮影風景

 

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