実力不足や台風被害―小さな町の太鼓集団が苦難を乗り越え、国内外で活躍するまでの道のり

実力不足や台風被害―小さな町の太鼓集団が苦難を乗り越え、国内外で活躍するまでの道のり

「最初はすごく下手なチームからのスタートでした。」そう話すのは、地元である宮城県にUターンし、現在は丸森町の太鼓集団「旅太鼓」の代表として、地域活性事業を行う濱野友也さん。現在は丸森町にとどまらず、国内外へ活動を広げています。実力不足や台風19号の被害……様々な苦難を乗り越えて、人々を笑顔にする太鼓集団へ成長するまでのお話は、これから前を向いて進んでいきたい人にとって背中を押してくれるものでした。

《濱野友也(はまの・ともや)さんプロフィール》


プロフィール
今回お話を伺う濱野さん「写真提供:濱野友也」

宮城県多賀城市出身。1992年生まれ。東京でサラリーマンを2社経験後、宮城県丸森町へ移住。世界中の旅行者と丸森町がつながるきっかけを創り出す、太鼓集団「旅太鼓」代表 / 株式会社GM7 取締役 / 株式会社VISIT東北 執行役員COO / 一般社団法人宮城インバウンドDMO 事務局長 /宮城ワーケーション協議会事務局 / Happiness Design Team MORE JAM 代表(宮城レジャー活性化集団)


丸森町太鼓集団「旅太鼓」のスタート地点


メンバー
旅太鼓のメンバー「写真提供:濱野友也」

 

濱野さん率いる太鼓集団「旅太鼓」は、2018年に結成されました。結成わずか一年で海外公演を実現させ、2020年には「新しい東北」復興ビジネスコンテストにてJTB賞を受賞。現在は丸森町を起点とし、地域の人との交流や国内外での演奏・体験提供等の活動を行っています。常に枠にとらわれない新しい挑戦を続ける姿が印象的ですが、はじめは未経験者が多い状態からのスタートだったのだそう。


筆者 「旅太鼓」はどのように始まったんですか?


濱野 僕が勤めているGM7の有志社員を集めて結成しました。最初はすごく下手なチームからのスタートだったんです。僕以外ほとんど未経験の状態で始めて……。でも少しずつメディアに取り上げてもらったり、海外で演奏することになったり、スキルよりもブランディングが先行して、プレッシャーがかかる局面を何回も乗り越えてきました


筆者 プレッシャーを乗り越えながら、技術を磨いてきたんですね。レベルを上げていくために、濱野さん自身が意識していたことや取り組んだことってありますか?


濱野 チームメンバー全員、和太鼓だけやっているわけではないんです。それぞれが仕事が終わった後に集まって稽古をするので、参加しやすいような雰囲気づくりや、達成感を感じてもらえるような関わり方などを意識していましたね。事業として成り立つためのブランディングにも力を注いでいました。


「旅太鼓」のブランディングの2つのポイント


さいり屋敷
丸本町のシンボル「齋理屋敷」。太鼓体験などで観光客をもてなす。「写真提供:濱野友也」

筆者 先ほど「ブランディングが先行した」とお話がありましたが、ブランディングのポイントなどありましたら教えてください。


濱野 「限定された合理性」と「計画的偶発理論」の2つを大事にしています。狙った通りになったという感じではなく、「太鼓×地域活性×インバウンド」くらいのざっくりとしたテーマを持ち、ある程度の計画性を持ちながら、テーマに合致する目の前のベストに常に取り組んいくといった感覚でした。もともとインバウンドで東北地域活性を志す企業グループですので、そこで生まれた企業や行政とのつながりもうまく紡ぎながら、活動を拡大拡張してきました。その過程の中で、旅太鼓の理念に共感してくれる心強い仲間たちがジョインしてくれ、今に至ります。ここからさらに、自分たちの存在意義やミッション、ビジョンをしっかり定め、優先順位を整理してアクションを継続していきたいと思います。


パラレルワークで人生を豊かに


濱野さんを含め「旅太鼓」のメンバーは全員、太鼓演奏者でありながら、他にも飲食、インバウンド、農業など様々な分野で活躍しています。このような働き方をすることで、率直な疑問を投げられることもあるのだそう。


濱野 僕たちは事業として和太鼓をやっているのですが、時には「なんで仕事で太鼓なの?」「趣味でしょ」と言われることも。でも、ビジネスも芸術活動もパラレルに行うことで、人生を豊かにしたり、人に影響をあたえたりできることを、活動を通じて届けていきたいと思っています。


筆者 確かにそういう時代になってきているのかもしれないですね。


濱野 一人が一個のことだけやるのではなく、自分が変化しながら取り組めば、もっと豊かな世界になると思うんですね。二足のわらじってネガティブに思う人もいるかもしれませんが、三足でも四足でもいいよね、と言える環境作りが重要だと思っています。



台風による被害と復興までの道のり

台風19号の被害と、切り開いた復興への道


台風被害
台風19号による被害を受けたオフィス。床上まで浸水しており被害の大きさが窺える。「写真提供:濱野友也」

2019年10月、丸森町は台風19号の甚大な影響を受けました。河川の氾濫による浸水や土石流、激しい雨による土砂崩れなどが発生し、多くの建物や人々に深刻な被害をもたらしたのです。当時のことを、濱野さんはこう振り返ります。


濱野 川の氾濫でオフィスが流されてしまい、資産等々すべて泥でダメになりました。ひたすら片付け作業が続く毎日に心が折れそうになりましたが、前を向いて、まずは片付けることに集中。そして、夜は経営陣による経営課題を考える日々でした。体力的にもかなりきつかったですが、それを超える精神力と、頼れる仲間たちとともに一歩ずつ進みました。


復興風景
復興活動の様子「写真提供:濱野友也」

甚大な台風被害で自分たちも大変な中、地域の復興活動も行っていたのだそう。


濱野 周囲には高齢者の方も多くいらっしゃり、片付けが進まない家も。そういったご自宅へのお手伝いや、周辺地域のお子さんたちの居場所づくりなど、可能な限りやれることをやり尽くしました。振り返ると大変でしたが、当時はやるしかないという集中力だけで日々を過ごしていたように思います。


そして、丸森町の復興のために「再起の鼓動」というテーマを打ち出し、町内で演奏パフォーマンスを行い覚悟を表明。この様子はメディアでも報じられました。そしてこの表明を機に、復興への一歩を踏み出し、徐々に太鼓の演奏を再開していったのです。


濱野 「再起の鼓動」は地域の人たちにも応援いただき、中には涙を流す人の姿もあり、より一層活動に対する覚悟が強まったことを感じました。


旅太鼓の苦難を乗り越える強い意志と行動力は、丸森町に少しずつ、笑顔を取り戻していきました。この時に制作された「再起の鼓動」Tシャツは、旅太鼓の「世界中の人の笑顔に寄り添う」という想いをのせた「笑」の文字と、太鼓を打ち鳴らす姿を合わせたロゴが目を惹きます。濱野さんたちは今でもあの日の気持ちを忘れることなく、丸森町を活気あふれる地域にするために前進を続けています。


どんな場所でも、どんな状況でも、自由に挑戦できる。


田んぼ
丸森町の美しい自然「写真提供:濱野友也」

どんな苦難が訪れた時も、熱い気持ちを持って突き進む太鼓集団「旅太鼓」。濱野さんたちの活動は、丸森町全体を元気にし、挑戦する人への勇気を与えてくれるものでした。


また、地方でもいろいろな働き方ができ、大きなビジョンを持って叶えていくことができることも教えてくれたように思います。特に台風被災後のお話は、どんな状況でも前を向く姿勢に心を動かされました。これからも活動を通して、枠にとらわれない新しい働き方やまだ見ぬ景色を見せてくれることでしょう。


《旅太鼓活動紹介》


旅太鼓公式WEBサイト


【Youtube動画】雪月風花 / 宮城県丸森町太鼓集団『旅太鼓』


【Youtube動画】疾風迅雷 / 宮城県丸森町太鼓集団『旅太鼓』

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