曽爾村のシェアキッチン

連載 | 未来型土着文化 | 7 曽爾村のシェアキッチン

2022.02.22

無分別

「無分別」という言葉があります。一般には自分のように道理をわきまえない人間がそう言われるのですが、仏教的には「物事を切り分けて考える、人間の心の働きから生まれてくる妄執から離れ、物事をありのままをとらえる智慧」という意味になるのだそうです。
 
日々の生活を送っていると、五感を通じて、さまざまな情報、イメージに触れ、自分では気がつかないうちにそれらに影響されてしまうということを、これまでの連載の中でも述べてきました。無分別の境地に達しなくても、自分自身が「気がつかないうちに色眼鏡で世の中をみているのではないだろうか」と、問いを持ってみることが大切なのではないかと思います。「心こそ 心迷わす 心なれ 心に心 心許すな(心こそが迷いを生じさせるものだから、心に思い浮かぶことには気をつけなさい)」とタクアン漬けで有名な沢庵和尚も言っております。
 
各地の山や祭りを訪ね、いろいろな民俗文化に触れてみると、聖地のような人やお金が集まる場所では、人の「思い」が重層的に絡みついている様子が目に入ります。基本的にはどのような思いを持っても自由です。しかし、土地や文化を対象にした研究が、思いによって歪められてしまうこともあります。学問や公共性の高い分野の人たちが、後世に伝えるべき歴史、民俗、そのほかを思い込みで扱えば、物事の本来の姿にバイアスがかかってしまうので、それはできるだけ避けて欲しい。これまでの自分の活動も反省しつつ、そのように考えています。
 
この秋、奈良県で開催された芸術祭「MIND TRAIL」に出展した作品は、経済の根本にある交換を、市場以前まで遡って、自然との関係の中で見直してみようとするもので、そこに芸術の素朴な姿があるのではないかと考えたのでした(詳細は連載第5回)。作品に興味を持ってくれた人たちと話をしていると「この切り口は、現在の資本主義経済に問題提起をすることができますね!」というような内容のことを言ってくる方々がいました。
 
偏見かもしれませんが、芸術関係者の中には経済に対して懐疑的な人が「けっこう多い」ように感じています。僕自身も「楽しいから創作をしているのであって、お金のためにやっているわけじゃない」と思っていますが、お金を稼がなければ生きていけない現実もあり、そのバランスを考えて、日々を過ごしています。お金には人の関心が集まり、さまざまな思いが絡みつきます。だからこそ、思い込み、観念、思想から離れた無分別の場所から、お金や芸術に向き合ってみたいと僕は考え、作品にもそのような意図がありました。
 
先日も、あるワークショップのゲスト講師として、芸術家志望の若者と話す機会がありました。自分のやりたいことをやるためには、最低限の収入が得られる仕組みをつくっておかないと苦しくなってしまうよ、大事なのは金、金、金、と口を酸っぱくして話をしました。未来に向かって目を輝かせていた彼らからすれば、僕の姿は、「銭ズラ」が口癖の蒲郡風太郎(ジョージ秋山『銭ゲバ』の主人公)のように見えたことでしょう。

左は『katte』。右が曽爾村の風景です。山の姿が特徴的なのどかな土地。

そにのわの台所katte

どのように収入を得るのかという点において、自分が関心を持っている民俗文化が根づく地域社会も同様の問題を抱えています。人は生産性の高い地域に集中する傾向があり、それが都市への人口集中を生み出す原因のひとつと考えられます。生まれ育った地域で生活をしたいと思っても、十分な収入を得る仕事がなければ、仕事のある場所に移動せざるを得ません。文化は受け継ぐ人がいなくなれば消え去るのみです。
 
自分自身も山形県の山間部で暮らしながら、山で採れた山菜などを加工品として販売して収入を得て生活の足しにしていますが、「MIND TRAIL」の期間中に滞在していた奈良県の曽爾村では『そにのわの台所katte』という、村が運営するシェアキッチンがあり、大変興味深く思いました。
 
フキの佃煮などを作る加工場だったところをリノベーションして2020年に誕生したという『katte』は、菓子製造業、缶詰または瓶詰食品製造業、アイスクリーム類製造業、清涼飲料水製造業、惣菜製造業といった製造許可があり、ここで調理、加工することで商品をつくることができます。曽爾村在住者であれば1時間500円、村外の者は1時間1000円でキッチンを借りることができるとのことです。
 
僕はこの施設をとてもうらやましく思いました。というのも山形にある自分の加工場で許可を取る際には、それなりの資金や労力が必要だったからです。製造許可取得に水周りの工事がともなえば数十万円単位で追加のお金がかかっていきます。山の幸が豊かな地域であっても、それを商品にするまでには、高い金銭的なハードルが存在するのです。もしも地域に『katte』のような手頃な料金で借りることができるシェアキッチンがあれば、収入を得るための選択肢が多くなります。ひとつの規制緩和として機能しているのです。
 
販売価格700円、粗利が300円の商品を月100個売れば3万円の収入ズラ。あの植物をこうして加工すれば商品にできるかもしれないズラ……。家族を養って現実を生き抜くために、僕の頭の中はいつもゴチャゴチャで悪い意味で無分別状態となっているのでした。

文・題字・絵 坂本大三郎

さかもと・だいざぶろう●山を拠点に執筆や創作を行う。「山形ビエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「リボーンアートフェス」等に参加する。山形県の西川町でショップ『十三時』を運営。著書に『山伏と僕』、『山の神々』等がある。

記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。