大阪大学の大久保 敬教授(光化学専門)の研究グループでは、家畜ふん尿由来のバイオガスからメタノール・ギ酸の製造に成功しました。新型コロナウイルス感染症対策としての研究も進む除菌・消臭剤の有効成分である「二酸化塩素」と「バイオガス」を溶液に溶かし光を当てるだけで、常温・常圧で液体燃料の「メタノール」と「ギ酸」に変換できる“ドリーム反応”に成功しました。
日本で誕生した革新的な酸化制御技術「MA-T」とは
アルコール消毒のように手肌が荒れるといったことはなく、塩素系消毒のように匂いなどがキツくないという特徴を持つMA-Tは、感染症対策のための除菌・消臭剤が既に製品化されているほか、エネルギーやライフサイエンス、衣料、素材開発などへの広範囲な応用も期待されています。
さらにMA-Tからは、日本のエネルギー問題を解消し、地方創生にもつながる新たな技術も生まれています。それが、二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶液(フルオラス溶媒)に溶かし光(紫外線)を当てるだけで、液体燃料である「メタノール」と水素ガスを安全に貯蔵輸送できる液体である「ギ酸」へ常温・常圧で変換できるという技術です。
この技術を生んだのは、大阪大学先導的学際研究機構に所属する大久保教授(光化学専門)とその研究グループでした。
※フルオラス溶媒とは
MA-Tの有効成分である二酸化塩素の化学反応を研究
この依頼を受けMA-Tの組成を分析してみますと、有効成分にたどり着き、それが活性種の水性ラジカルだと判明しました。水性ラジカルがウイルスや菌などにぶつかることで除菌されるわけです。
除菌・消臭剤は安全な状況で使わないといけないため、非常に低い濃度で制御されていますが、化学反応ではそれをうまく取り出し大量に使うことで、これまでなかった反応ができるのではと大久保教授は考えました。
二酸化塩素は古くから知られている化合物ですが「取り扱いが比較的簡単で水に溶ける珍しいラジカル」ということが判明し、「それなら、さらに新しい化学反応が見つかるかもしれない」と考え研究を重ねていったのです。
メタンガスからメタノールが生成される“ドリーム反応”を発見
そこで、二酸化塩素とメタンガスを特殊な溶液(フルオラス溶媒)に溶かし光を当てると、液体燃料のメタノールとギ酸に常温・常圧で変換する反応を見いだしました。大久保教授の研究グループでは実験の都合上、LEDの光を当てましたが、ただ太陽光を当てるだけでもメタノールがどんどん生成されていきます。
これは二酸化塩素がメタンと反応することによって起こるのですが、化学の中でももっとも難しい反応のひとつとなっています。「常温・常圧で余計なエネルギーを使わず化学反応を生み出せる、“ドリーム反応”と呼ばれているもの」と大久保教授は話します。この“ドリーム反応”に世界で初めて成功したのが2018年のことでした。
ガスタンクを考えてみてもわかるように、メタンガスを気体の状態で保とうとすると巨大な施設が必要になります。しかし液体のメタノールであれば、同じエネルギー量で非常に小さい容器で保管できるようになります。
その点、メタノールでは常温でも液体であるためにエネルギーを使わず運搬ができ、運搬コストも飛躍的に下げられるわけです。
バイオガスから生成されるメタンガスに着目
近年、日本近海にはメタンハイドレートが大量に埋蔵されていることがわかってきました。ただ、それをエネルギー資源として掘削できるようになるのはまだまだ年月を要します。そこで、メタンハイドレート以外に国内にメタンガスはないのか探していくと、乳牛などの家畜から排出されるバイオガスに行き当たりました。
北海道の酪農地帯では、飼育されている乳牛から大量のふん尿が排出されています。牛1頭に付き1日あたり60kgくらいのふん尿が排出されていますが、これを北海道ではバイオガスプラントという施設でふん尿を発酵させてバイオガスを生産しています。
ただし、このFITのバイオマス発電のカテゴリーは調達期間が20年と決まっています。北海道のバイオガスプラントは建設されてから10年は経過しているものが多く、残り10年程度しか運営できない可能性があります。
このような問題があるため、バイオガスの電力以外の用途や製品などの収益源を北海道の自治体やバイオガスプラントを運営する企業が探しており、大久保教授と研究グループの研究に光が当てられたのです。
バイオガスプラントを中心とした「カーボンニュートラル循環型酪農システム」が稼働
大久保教授と研究グループが発表した論文の技術は次のとおりです。
まず、バイオガスに含まれているメタンガスを二酸化塩素、酸素、光と反応させてメタノールに化学変換します。副生成物としてギ酸が生成されます。
当初、大久保教授と研究グループではギ酸は必要ないものと考えていたのですが、北海道の酪農地帯はギ酸を日本でもっとも利用している場所でした。
牛の餌をつくるためには、青刈りした牧草をサイロに詰め乳酸発酵させるサイレージという施設が必要なのですが、牧草にギ酸を混ぜて発酵させています。そこで、かなりの量のギ酸を使用するわけです。とはいえ、ギ酸を使用する量は限られていますので、余剰のギ酸を水素に変換するという技術が利用できます。
一方、メタノールについては電気にも変換できるほか、様々な化学製品や薬品の原料にもなります。北海道のような寒冷地では、そのまま燃やすことができる燃料はいくらあっても問題ないことから、メタノールを燃料として利用していくことも可能です。
また、ハウス栽培の暖房燃料としても利用ができます。バイオガスを二酸化塩素と反応させてメタノールとギ酸を取り出した後、高純度の二酸化炭素が残るので、その二酸化炭素をハウス栽培の中に導入することで作物の成長促進にもつながります。「北海道で収穫できないような南国の作物やフルーツなどを栽培することができないか」と大久保教授は考えています。
牛のふん尿を発酵処理した後もふん尿の本体は残っていますので、それはそのまま作物のための液肥としても利用ができます。
現在、興部町ではバイオガスプラントを中心とした「カーボンニュートラル循環型酪農システム」が稼働しています。大阪大学と北海道・興部町が結びついた結果、循環型の社会を生み出していくシステムの社会実験が動き出したのです。
バイオガスからバイオ燃料を作り出す新しい技術
これらを北海道全体の乳牛135万頭に換算しますと、メタノールが年間20万トンも生成できるという計算になります。現在、日本ではメタノールを国内生産できず年間100万トン程度輸入していますので、国内需要の20%をまかなえるようになるわけです。
ギ酸についても現状ではほとんどが中国からの輸入に頼っているのですが、“ドリーム反応”で国産化が実現します。
バイオガスだけでなく火山ガスや温泉ガスの活用。そして海外展開も
現在は牛のふん尿を利用していますが、豚のふん尿を利用するのでも良いわけですので、バイオガス生産を全国展開することも可能です。生ゴミ処理でもかなりの量のメタンガスが発生することから、日本全体では大量のメタンガスが存在することになります。
さらに、日本国内には数多くの火山が存在しますので、バイオガスと同様に火山ガスや温泉ガスも活用していくことができます。
そのほか、“ドリーム反応”の海外展開も考えられます。酪農でいえば、オーストラリアやニュージーランド、アメリカ、カナダ、EC諸国など、盛んな国はたくさんあります。「これらの国々への技術提供も可能ではないか」と大久保教授は話します。
「カーボンニュートラル循環型酪農システム」の商用化に参画できる企業を募集
さらに、「カーボンニュートラル循環型酪農システム」を水平展開していくためには、二酸化塩素の原材料である亜塩素酸ナトリウムを大量に製造できる企業が必要です。将来的には、大型プラントを製造する企業や、生成されたメタノール、ギ酸を運搬する企業、それを販売する企業なども必要になります。
そこで日本MA-T工業会と協力関係にある一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会(MA-T産業創造戦略会議)では、「カーボンニュートラル循環型酪農システム」の商用化に参画できる企業を募集しています。興味がある企業は、一般社団法人レジリエンスジャパン推進協議会(info@resilience-jp.com)まで、お気軽にお問い合わせください。