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サスティナビリティ

連載 | こといづ

でたでた

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 「はっはっはっはっはっ!」。家の門から子どもたちの賑やかな声が聞こえてきた。きっとアラちゃんとイッちゃんが遊びに来たのか、でももう夜やで、と思っていたら、マサミさんが大きな白菜や大根を上に掲げて「いらんかもしれへんけど、食べてくれるんやったらと思って」と元気いっぱいに畑で採れた野菜を持ってきてくれた。いつも元気なマサミさんだけれど、あの穏やかなマサミさんの中から子どもたちがわあああっと飛び出したような声が出てきて、こういうことも起こるんやと嬉しくなった。

久しぶりの真っ暗闇だ。太陽が昇る前のどす黒い山の中に、ひとり、入ってゆく。懐中電灯で照らすと、光の筋が小雨できらめいて、足元には出てきたばかりの小さな広葉樹が光っている。ぬかるんだ道を進むと、二手に分かれ道があって、ああ、昨年まではどっちを選んだかな、おそらくこっちだな、と左に進もうと思ったのに、身体は自然と右を選んでいた。すぐに大きな木があちこちに倒れ込んで道を塞いでいたけれど、村の男たちなら軽々と越えて行ったのかもしれないと、頭の中で仕立て上げた彼らの幻姿を追っていった。そういえば、村の放送で熊が出たので気をつけてくださいと言っていたな、真っ赤な雨ガッパを着てきたけれど熊に赤はどうだったかな、ぼんやり考えながら登っていると、さらなる倒木がしっかりと道を塞いでいて、さすがに道を間違えたな、引き返そうと振り返ったとき、はっと、ほんとうに真っ黒の中に自分がいることに気がついた。ここで照らすものがなくなるとどうなるんだろうと、灯りを消してみた。ささささ、ぱつぱつぱつぱつ、空から落ちてきた雨粒が、木々の葉っぱを奏でる。何か声を出したくなって、ヒュンッ! 鹿の鳴き声のような声を出したら、すんと辺りが静かになったので、山の誰ぞやが聞いていたかもしれんと思いながら、来た道を引き返した。

さっき選ばなかった左の道を進むと、奥のほうから男たちの声と焚き火の灯りがもれてきた。「かっちゃん、一番最後やで。2分遅刻や」と大きな身体をしたクマさんが大きな声で呼んでくれた。「ごくろうさん、はよ、餅を焼くべて食べや」。みんなの顔が焚き火に照らされて、ヒロシさんの顔の皺が優しい大木のようだな、アラちゃん、イッちゃんが心強い少年の顔になったな、いつもと違う顔を見せている。男たちの姿が真っ赤にゆらめいて、空に伸びてゆく。

泣けた 泣けた~

ユキさんとマッちゃんさんが低い声で歌い出した。

堪こらえきれずに泣けたっけ  あの娘こと別れた哀しさに
山のかけすも啼いていた  一本杉の石の地蔵さんのヨ 村はずれ

しみじみ歌い終わると、「やったやった、でけたでけた」。手を叩いて満面の笑み。この村ではいつもの光景だ。歌が大好きな二人は集いがある度にたくさん飲んで、手拍子だけで昔の歌を歌い出す。とても嬉しそうに歌い出す。「あんな、かっちゃん。歌ちゅうもんわな、自然と歌いたくなって歌うもんや。自然と出てきたくなって出てくるもんや。そうやろ」。ユキさんたちは自分たちが歌い終わったときや、誰かが気持ちよく歌い終えたとき、必ず「やったやった」とか「でけたでけた」と言って喜んでいたけれど、もしかしたら「出た出た」と言っていたのかもしれないな。人の中から、歌が出てきたくて出てきたのやから、それはめでたい、手を叩くほど嬉しいことやなあ。

空が白んできて、村に引っ越してから4度目の「やまのかみさま」が終わった。「乗って帰るか」。ヒロシさんが軽トラから誘ってくれた。「ありがとう。お神み酒きでほろ酔いやから歩いて帰るわ」。静かな朝をよちよちと、うっすらな白い光に染まりながら、なんでもない、一年のうちの一日。田舎の人がよく「ここは何にもないところやけれど、よいところですよ」と言ってしまう気持ちがよくわかるようになってきた。

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