リスが隠したことを忘れたどんぐりが、やがて芽を出して森の循環を助けていることと同じように、僕らが日常で行うちょっとした備えも、知らない所で芽を出して、きっと誰かを支えている──。
『美しいってなんだろう?』は、装丁家の矢萩多聞の文書に、小学生の娘・つたが感想を添えるという構成で、人生の中で出合ったさまざまな美しさとの邂逅と別れの物語が綴られている。約2年間、雑誌に連載された文書をまとめた本書は、物質的な物を評する美しさにとどまらず、思い出の中にあってもう二度と触れることはできない美しい瞬間にまで優しく触れている。だからなのか、読んでいるとふと、大切な人に宛てた手紙を見せてもらったような、古いアルバムを一緒に見ているような優しい気持ちになった。
民藝美を表す言葉として「無事の美」というものがある。無事とは、事無き、つまり、なにも起こらないという意味で、平凡で簡素で、昔から変わらず暮らしの役に立ってきた道具に、民藝は美しさを見た。それは、家族の健康や、愛情、思い出の場所が変わらないことで安心するのと同じで、大切なことの無事を喜ぶ心は美しい。毎日が代わり映えしないことに悩む時もあるけれど、それでもいいのだと思う。リスが忘れたどんぐりのように、ありふれた日々も、いつかきっと「芽を出して、誰かを支える大樹になる」のだから。
『美しいってなんだろう?』
朝倉圭一
あさくら・けいいち●1984年生まれ、岐阜県高山市出身。民藝の器と私設図書館『やわい屋』店主。
移築した古民家で器を売りながら本を読んで暮らしている。「Podcast」にて「ちぐはぐ学入門」を配信。
あさくら・けいいち●1984年生まれ、岐阜県高山市出身。民藝の器と私設図書館『やわい屋』店主。
移築した古民家で器を売りながら本を読んで暮らしている。「Podcast」にて「ちぐはぐ学入門」を配信。
text by Keiichi Asakura
記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。