えいっ

連載 | こといづ | 114 えいっ

2023.04.14

木々の枝が赤くなって、いよいよ春が漂っている。冬の間は、どうしても色や音が枯れ果てて、この世界から変化やおもしろいことがすっかりなくなってしまうような錯覚に悩まされるけれど、こうしてあらゆる生き物たちが一斉に動き出すと、勝手に心が開いて新しい一歩を踏み出している。

2歳の息子と外出していると、同じ年頃の子どもから話しかけられることが増えた。「あたちゃ、あまあま」と、なんだそのかわいらしい声!  言葉になってなくても、伝えたい内容はだいたい分かってしまうのだから、毎日息子といるというのはすごいことだったんだなと気づく。そのまま子ども同士で、「えんやって。こうあんちゃっく」と、トコトコトコトコ、口のなかで音を転がしながら会話している。息子のお喋りも、だいたい何を言っているのか分かるようになってきた。こちらの言うこともだいたい伝わっているようだし、このまま独特のお喋りが進化していってもよさそうだけれど、近いうちに、僕たちと同じ言葉を話すようになるのだろうな。せつなくもあり、楽しみでもあり。

毎日黙々と息子が描いている絵も少しずつ変化している。横にしか筆を移動できなくて、激しい嵐のような線だったのが、なめらかな曲線が描けるようになり、ぐるぐるぐる、立ち上っていく、渦巻き、花、楽しい気持ち。画面いっぱいに豊かな川のようになったら、ガラッと作風を変えて、今度は、ものすごく小さな形を何個も何個も描くようになった。今も横でじっと集中して色とりどりのさまざまな形を生み出している。「んっ」と言ってペンを僕によこすと、満面の笑みで一緒に絵を眺める。うーん、すごい。僕には、プランクトンがピンピンわさわさしているように見える。最近、妻が夢中になって田んぼの水を顕微鏡で覗き込んでいるからかな。力尽きてパタンと寝てしまった息子の隣で、「今日の絵は傑作やなあ」と妻に言うと、「アンパンマンがいっぱいやなあ」と笑った。ん、プランクトンではないの? 「これもこれもこれも、アンパンマンの顔を描こうと挑戦したんやと思うよ」。ははは、たしかに。でも、なんだろう、春の陽気に動き出したちいさな生き物たちに見えるよ。いい絵。

彼と一緒に絵を描いてみると、自分の描く線は、よっぽど注意を払っていない線だなと気づく。僕の線は、過程を味わわず、かといってどうしてもたどり着きたい明確な形に向かっている訳でもない。ぴゅっと、さわさわっと。だから、なんともおもしろくない。息子の線は、ゆっくり、じっくり。この置いてしまった点を、どっちの方向に、ああ、こっちに来たから、あっちに進んで、おお、おもしろい形、よしストップ。うん、全部の流れに気が入っていて、発見があって、歓びがあって。よし、次に隣にも、えいっ、おっ、今度はこうしてみよう、あっ、えーと、とことこと、きゅっ。うーん、なかなか、何かな、これは。よし、次、それっ。

ああ、そうだよなあ、そうだよなあ。ずっとやっていたくなることを、ずっとやっていたいよね。これやったら、どこまでも、何度でも、いつまでも。いっぱいあるんだから、色も、形も、音も、命も、変化も、果てしなく。果てしなくあることに気づいたら、果てしなくやればいい。今日は、畑に種を蒔いた。季節がめぐって、空は流れて。目の前にある豊かさに、ゆっくり
じっくり、えいっ。

文・高木正勝 絵・Mika Takagi

記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。