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サスティナビリティ

連載 | 未来型土着文化

仕事と時間

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エリック・ホッファーは、「成熟するには閑暇が必要」として、自身が大学教授のポストに就くよりも沖仲仕であり続けることの理由に「自由と運動と閑暇と収入が適度に調和」していることを挙げ、仕事以外の時間を大切にしていました。ただ、ホッファーが述べているような調和のとれた仕事とは、時代や状況によっても変わってくるものではないかと感じます。

仕事に対する意識も、国によって異なります。衝撃だったのは、昨年訪れたドイツでのことです。バスや鉄道が遅れてくることは普通だったし、何のアナウンスもなく来ないことがありました。また、現地でスマホのsimカードの設定がうまくできなかったので、携帯会社の店舗まで行って設定のやり方を聞いてみたのですが、何度お願いしても店員は教えてくれません。日本だったら自社商品の説明を拒むなんて炎上間違いなしです。しかし、それでも社会は回っていくのかと、妙に感心してしまいました。
以前から、ドイツは日本より労働時間が短いのに、生産性が高いのはなぜなのだろうと疑問に思っていました。EU圏の緊縮財政政策に伴うユーロ安で貿易立国のドイツは周辺国から富を吸い上げ、黒字を積み上げているなど諸説ありますが、サービスを最低限しかしないことも理由かもしれません。友達のドイツ人にその不親切ぶりを尋ねると、「サービスデザート(砂漠)だからね」と笑っていました。ドイツ基準で考えれば、日本の働き方は無駄だらけなのかもしれません。
目次

勤勉のはじまり

一般に、「日本人は勤勉」だと考えられているのではないかと思います。幕末から明治にかけて日本を訪れた外国人の報告には日本人の勤勉性を誉めるものが多く、現在でもテレビなどでよく紹介されています。実はその反対の報告も少なくありません。
ウィーン大学のセップ・リンハルトは、日本人が怠け者だったという報告は、旅行記よりも専門書によく見出されるとして「世界貿易の将来の競争相手の日本をわざと悪者にしてみたという印象を受けても無理はない」と述べています。どちらの説も鵜呑みにはできません。近代に入り、日本人を勤勉に教育する動きは確かにあり、礫川全次の『日本人はいつから働きすぎになったのか』を見てみると、日本人が勤勉になったのは明治以降であり、欧米の列強に対抗するため、二宮尊徳をモデルとして政府による日本人の勤勉化が図られたとしています。この本は二宮尊徳のネガティブな面を強調しすぎているようにも感じますが、幕末期に活動した二宮尊徳は、人々を勤勉化しようとして多くの人たちに抵抗されたりもしており、自分たちが学校で習った二宮尊徳とは異なる姿が描かれています。
本の中に、二宮尊徳は4時間程度の短眠者だったというエピソードがあり、大正時代の農民詩人・渋谷定輔の「労働は20時間、あとの4時間で寝食する」という内容の詩も紹介され38、長時間働き、短く休むことを美徳として受容していく経過が見てとれます。現在の日本人の平均睡眠時間は7時間半程度で、OECDに加盟する38の先進国のなかで最も短いそうです。米国のシンクタンクによれば、日本人の睡眠不足を原因とする経済損失は、GDPの約3パーセントにあたる15兆円になるとされます。何だか本末転倒です。

クソどうでもいい仕事の “終焉”

これまでの労働環境を分析して、無駄で無意味な仕事を炙り出した本に、米国の人類学者のデイビット・グレーバーの『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』があります。グレーバーは、経済学者のジョン・メイナード・ケインズが「20世紀末までにテクノロジーの進歩によって人々の労働時間が週15時間になる」とした予測が達成されないのは、無意味な仕事が増えているからだとします。確かに、仕事をしていて「こんなこと意味あんのかよ」と思ったことがある人は多いでしょう。というか日々、そんなことを考えながら仕事をしていませんか? 日本は「ブルシット・ジョブ大国」と言う人もいます。
しかし2023年に入り、AI技術の発達によって、社会や仕事にまつわる環境が動き始めています。AIに仕事が奪われる云々は以前から話題になってきましたが、急にリアリティを持ちだした印象です。ブルシット・ジョブもなくなるし、そもそもジョブ自体がなくなるか、変質することは確実のように感じます。
グレーバーはブルシット・ジョブを解決する案として、ベーシック・インカム(最低限の所得を保障する制度)を挙げています。給付によって生活を保障することで、人はやりがいのある職業を選ぶことができるようになるというのです。AI失業の対策としてベーシック・インカムの導入を求める議論も存在しますが、いずれにしてもAI時代になれば、これまでよりも閑暇と向き合わなければならないでしょう。
そこにホッファーが言うような調和を見出し、生きるうえでの成熟を得られるかは、各人に問われる大きな問題となるのではないかと思われるのです。
 (199376)

帰りも遅れたドイツの鉄道。
 (199377)

それにしても、世界中で働くことが変質するとは、何という時代!?
文・題字・絵 坂本大三郎
さかもと・だいざぶろう●山を拠点に執筆や創作を行う。「山形ビエンナーレ」「瀬戸内国際芸術祭」「リボーンアートフェス」等に参加する。山形県の西川町でショップ『十三時』を運営。著書に『山伏と僕』、『山の神々』等があ
る。
記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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