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仕事・働き方

連載 | やってこ!実践人口論

借金2800万円で家を育てる

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「実践人口」を増やすための合言葉が「やってこ!」である。「やってこ!」が世代を超えたつながりを生み、ローカルをおもしろくする。畑つきの家を買って、タモリに近づこう!

 ついに決めてしまった。憧れの実践主義者たちがたどり着く「田舎に畑つきの家を買う」世界線へ……! 

 長野市に移住して早4年。地方都市を拠点に東京から大自然まで縦横無尽に旅をしてきたが、コロナをきっかけに長野での滞在時間が増えたことで「もっと自由度の高い大自然のフィールドで暮らしたいな」と思うようになった。改めて地方移住の流れが加速しているが、2度目の拠点探しとなれば経験値が違う。各土地の特性を理解しながら、自治体の空き家情報を定期的にチェック。ここだけは譲れないポイントとして「庭から山の壮大な景色が見えること」を設定した。だって毎朝、四季折々の景色を見たいから。空に変化がないと、上を向いて歩こうなんて言えやしない。

理想の物件探し

 決断に至るまでの1年間。よさそうな空き家の情報を見つけては内見を繰り返してきた。絞ったエリアは長野市から車で40分ほどの位置にある信濃町。旧石器人がナウマンゾウを追い求めていた『はじめ人間ギャートルズ』を地でいくような自然豊かな土地であり、国立公園に指定された野尻湖周辺は友人も数多く住んでいる。とはいえ、ただ田舎であればいいわけでもないし、別荘地のような人里離れた場所は年間をとおした暮らしには不向きな部分もある。冬には雪が2メートル積もるような豪雪地帯なので、物件選びに慎重にならざるをえない。新築で建てればきっと住みやすいだろうが、実践者としてリノベーションにチャレンジしたい。こちとら人生最後かもしれない家造りよ。おもろい家に住まないと、「ローカルやってこ編集者」として面目が立たん!(ほぼ呪い)。

 一番おもしろいのは状態のいい古民家だろう。しかし、信濃町は豪雪に見舞われる影響なのか、なかなかイケてる古民家には巡り合えない。それでも執念で探した1軒目の候補は、古民家のリノベーション済み物件。そのまま住むことはできるが、どこか「余白」が少なく、つまらない。2軒目の候補は、湖畔沿いに建てられたボロボロすぎる元・民宿。50年以上前の法律で建てられたため、湖岸からすぐの場所に住める。一歩外に出たら海のような湖の景色が望めて、4000万円近くかけて改装すればとんでもない別荘になる……。そう、人里離れすぎたエリアにあるため、行政の除雪車が来ない。夏の別荘使いには申し分ないが、私は一年をとおして住みたい。定期的に家を空ける人間が、除雪ナシの家に冬場住んだら、もうジ・エンドだ。

 悩みに悩み抜いて、決断に至るまで複数の物件に浮気し続けた。購入を決意したら、ライバルが現れて入札で争ったこともあった。それでも私の目の前に次々と「お、これは」とビンビンに感じる物件が出てくる。これは地方取材で培った理想の暮らしの物差しがしっかり機能したことと、長野県に移住した4年間の人との出会いが大きいのだろう。溜め込んだソーシャル・キャピタルが本命の物件を引き合わせてくれた。

オマケで新規就農

 役場の空き家情報にも載っておらず、数ある賃貸情報サイトの端っこに掲載されていた。築23年、お値段700万円、約30坪の平屋。元々、材木屋を営んでいた方が住んでいたらしく、室内の木材が、まあ立派なのなんの! リビングからは黄金色の稲穂が見え、右側には山がズドーン。しかも574平方メートルの畑つき。話を進めるうちに、ほぼタダ同然で畑を引き継げて、新規就農者として登録してもらえるらしい。「土いじりは大好きだけど、オマケ感覚で新規就農できるって激アツだ!」とガッツポーズをした。これだよ、これ。リノベーション面も、土地のポテンシャルも、すべてに楽しい「余白」がある。決められたレールにも乗らず、直感だけで実践を積み重ねてきた者として、「余白」がなければ人生はおもしろくならない。困難とめんどくささを抱き抱えるような理想的な物件に巡り合えたぞ!

 土地購入の煩雑な手続きを進めながら、仲間の建築士見習い(26歳)と天才と見込んでいる大工(25歳)とリノベーション計画を考える。人生初の住宅ローン2800万円を未来ある若手に託した。これもひとつの実践だ。野菜を育てて、薪を割り、火をおこす。全国で出合ったお酒や食材、調味料、知恵を継承し、料理を振る舞う自分が見えた。過去にこの連載で伝えた「タモリへの道」が、新たな家の中で叶うことだろう。

text by Huuuu
徳谷柿次郎(とくたに・かきじろう)●1982年生まれ。大阪出身の編集者。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社『Huuuu』の代表取締役。長野と東京の二拠点生活を経て、長野に移住。どこでも地元メディア「ジモコロ」の編集長として、全国47都道府県を飛び回る。地域特有の課題を情報発信の力でサポートしている。趣味はヒップホップ、温泉 、カレー、コーヒー、民俗学など。
記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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