よく知られている観光スポットから地元の人も知らないお店まで、「花巻、大好き!」という気持ちがあふれている「まきまき花巻」。誰がどんなふうに運営しているのか、それを探りに岩手県花巻市を訪れました。
花巻の自慢大会をしよう。
地域の魅力を発信する手段にはいろいろあるが、市民ライターによる発信をしているのがウェブメディア「まきまき花巻」だ。運営は花巻市の地域振興部定住推進課。記事は、「花巻市の住民や、花巻市出身の方、花巻市が好きな方などの“市民ライター”たち(メディアサイトより)」によって書かれている。関わっている人のほとんどが編集やライターは未経験。しかし、花巻が大好きな人たちが集まり、情報発信しやすい仕組みが出来上がっている。
「まきまき花巻」の立ち上げに携わったのは花巻市役所の高橋信一郎さん。5年前に他部署から異動になり、任されたのがシティプロモーションだった。
「最初はなにから取り掛かればいいのかわからなかったのですが、人の話を聞いたり、ほかの自治体の取り組みを見たりして考えたのが『花巻の自慢大会』。興味のありそうな人たちに声をかけて、花巻の魅力をどうしたら外に向けて発信できるのかを考えるワークショップを開催しました」。そのときに「花巻の人は“おしょす(恥ずかしがり)”だから、いいところはいっぱいあるけれどPR下手で」「SNSなどで個人的には発信しているけれど、広がりがない」「そもそも発信場所がない」などの意見が出た。
“市民ライター”の条件は、花巻が好きなこと。
「プロに作ってもらうやり方もありますが、みんな同じように見えてしまい、どうもしっくりこなかった。それよりも、魅力を発信したい人に取材のノウハウや原稿の書き方を教える講座を開き、投稿をサイトに掲載しようと方向付けました」と高橋さん。講座の告知をしたところ、花巻市民以外からも応募があった。「宮沢賢治が好きとか、今は盛岡で働いているけど花巻出身とか、多くの人が来て、“好き”にもいろいろあることがわかりました。そういう人たちが市民ライターになればおもしろい」。こうして間口を広くした市民ライターが生まれた。
同時にサイト名は「まきまき花巻」に決定。市役所の女性職員たちの案から選んだものだ。地域おこし協力隊で広報を担当している岡田芳美さんがその名付け親で、高橋さんとともに、その成長に関わった。「花巻に巻き込まれる、いろいろな人を巻き込む、そんな意味を含めてつけた名前です。サイトのアドレスの最後を.comにしたのも、hanamakiとcomで巻き込むになるからという高橋さんのこだわりです」。
MEMBERS 「まきまき花巻」に関わってきたみなさん。
高橋信一郎さん
花巻市地域振興部定住推進課。北上市出身。「まきまき花巻」の原型を作った。
菊池 遼さん
花巻市地域振興部定住推進課。花巻市出身。運営を陰でサポート。
岡田芳美さん
花巻市地域おこし協力隊隊員。千葉県出身。市民ライターとしても執筆。
塩野夕子さん
花巻市地域おこし協力隊隊員。埼玉県出身。消しゴムはんこ職人、絵描き。
“市民ライター”のヨコのつながりをつくる。
開設から2年ほどたった頃、専属ディレクターを地域おこし協力隊で募集した。「もう少し読者層を広げ、ライターの数も増やしたくて、そのためには専属の人が必要だと考えました」と同じく地域振興部の菊池遼さんは言う。それに応募したのが、花巻への移住を考えていて、移住イベントで菊池さんや岡田さんと知り合っていた塩野夕子さんだ。「観光雑誌に載っていないスポットが紹介されていてすごくおもしろかった。その役に立てるならと応募しました」。
まず取り組んだのは、市民ライターとのコミュニケーションだった。ボランティアの彼らには記事の締め切りがあるわけではなく、それぞれのペースで自分が見つけた花巻を記事にしている。「コンスタントに記事がアップされないとサイトを見る人が減ってしまいます。またライターとしてどう取材するのか、これは記事になるのだろうか、と悩んでいる人もいたので、『お茶でも飲みながら話しませんか?』と誘ってみました」。名付けて「まきまきの種」。実際に顔を合わせて話すことで、取材や記事を書く苦労を分かち合うことができた。ほかにも、市民ライター講座ではプロの編集者やライターを招き、ノウハウを教えてもらう機会も増やした。こうした努力が実り、当初9人からスタートした市民ライターも、今では37人。記事の更新回数も増えてきた。
リアルなイベントでも花巻を盛り上げる。
そうして2019年11月3日・4日に開催されたのが「まきまき花巻スタンプラリー2019」だった。サイトで紹介されている中から16か所の場所をピックアップし、スタンプラリー形式で巡るイベント。大勢の人たちが花巻市内外から集まった。「記事を書いた市民ライターさんの目線で、参加者にとっては初めてのお店ですが、歩き訪ねてもらい、街の人たちとも交流してもらえたと思います」と塩野さん。
“市民ライター”だからこそ見つけられる花巻市の魅力を伝える「まきまき花巻」は、その取り組みが評価され2019年度のグッドデザイン賞を受賞し、担当した岡田さん、塩野さんはじめ市民ライターたちも自信をつけている。
「先ほど“まき”に込められた意味を話しましたが、私は“(種)まき”という意味もあると思っています。街を取材して、ライターをやってみませんかと声をかけ、イベントをしてと、花巻の魅力を発信する種をいろいろなところに“まく”、その芽が出て花が咲くようにしていきたい」と塩野さん。これからどんな花が開いていくのか、楽しみだ。
自分も楽しみながら、花巻を取材しています。
どんな人たちが“市民ライター”として活動しているのだろうか。花巻を愛する7人+塩野さんが集まり、「まきまき花巻」について話していただきました。
多様な背景を持つ“市民ライター”。
──みなさん、住んでいるところや経歴、年齢もさまざまですが、市民ライターに登録したきっかけは?
千葉芳幸(以下、千葉) 盛岡市在住で、実家は花巻市。2018年の市民ライター講座から参加しています。書いた記事はまだ1本です(笑)。
飛世かおり(以下、飛世) 花巻市地域おこし協力隊隊員として18年に花巻に来ました。花巻ワインのPRに携わっていて、その仕事にもつながると思い登録しました。
今野陽介(以下、今野) 同じく花巻市地域おこし協力隊隊員として19年の10月に来たばかり。市民ライターとしては、まだ登録しただけです。
町田美生(以下、町田) 農林水産省からの出向で、岩手県庁で働いています。盛岡在住ですが、花巻市東和町の記事を書いています。
塩野 町田さんとは東和町の古民家再生プロジェクトで出会いました。市街から離れている地域の記事が少なかったので、東和町について書いてもらいたいと声をかけました。
町田 東和町の方々にはとても温かく迎えていただいたので、恩返し的な思いもあって記事を書いています。
北山公路(以下、北山) 花巻市で編集や出版に携わり、花巻まち散歩マガジン『Machicoco』を発刊しています。「まきまき花巻」立ち上げに向けたワークショップから参加しています。
塩野 北山さんには市民ライターとしてだけでなく、プロの編集者、ライターの立場で講師もお願いしています。
四戸 泉(以下、四戸) 18年に花巻市にUターンしてきました。古民家を活用するまちづくりに取り組んでいますが発信のツールがなかった。そんなときにサイトを知り、ぜひ一緒に連携したいと参加しました。
相内恵津子(以下、相内) 花巻市の広報で市民ライター講座の告知を見て参加しました。やっと最近、記事を1本仕上げることができました。
ヨコのつながりでスキルを上げる。
──取材や原稿作成は初めての方も多いようですが、どうやって学ばれたのですか?
飛世 記事で気をつけているのは事実関係ですね。間違いのないように、取材先の方にも記事を確認していただいています。文章のまとめ方、写真の撮り方などは、市民ライター講座や「まきまきの種」で学んでいます。特に世代の違う人と一緒に取材で歩くことで見えてきたことや、学ぶところがありました。
千葉 ライター講座では2人1組になって取材するワークショップがあって、飛世さんと一緒になってとても楽しかった。今度は二人で記事を作ろうと話しています。
飛世 ぜひ実現させたいですね。ワインを造っている人たちの話を聞くのは楽しいのですが、それを記事にするのはなかなかむずかしく、北山さんにお願いして『Machicoco』の取材に同行させてもらったこともあります。
北山 そうでしたね。この1年くらいでライター同士が顔を合わせる機会が増えて、活性化した気がしています。実際、記事の本数も増えたのではないですか?
塩野 たしかに、平均すると月に3、4本の記事がアップできるようになりました。原稿はライターさんの書きたい思いを優先しているので、文体や書き方もいろいろ。記事風にまとめる人もいれば、ストーリー仕立てで書く人もいます。政治や宗教的な主張はNGですが、それ以外は最低限の読みやすさを考えて手を入れるくらいです。
相内 私は取材したいところはいろいろあったのですが、実際の取材になかなか踏み切れず、塩野さんに相談にのってもらいました。スタンプラリーに参加した『The Roast』さんを紹介してもらい、初取材、初原稿になりました。取材後にも、「相内さんが書きたいことを書いていいよ」「写真は多いほうが伝わりやすいよ」といろいろアドバイスをもらい心強かったです。
町田 私も取材して文章を書く経験はありませんでした。記事がアップされて、自分のフェイスブックでも拡散したところ、首都圏にいる知人たちが読んでくれて「いい記事だね」「東和町に行ってみたくなった」と反応してくれて。今ではやりがいになっています。
塩野 「まきまき花巻」には記事に対する感想などを読者とやり取りする機能はないんです。ただ、読んだ人がよかったと感じた記事に「いいね!」と同じ意味の「まき」を付けられるので、ライターさんのひとつの励みにもなっていると思います。
飛世 ワインイベントの出展者が「まきまき花巻」で紹介した記事をフェイスブックでシェアしてくれて、そこから拡散したこともあるので、2次的な広がりも大きいと感じました。
町田 記事のテーマによっては情報の鮮度があるうちに出したほうがいいので、そういうときは少しがんばります。
“市民ライター”のモチベーション。
──“市民ライター”はボランティアとのことですが、みなさん仕事を持ちながら続けられるのはどうしてでしょう?
飛世 私の場合はワインPRという仕事に直結しているので、「まきまき花巻」という発信の場がひとつ増えたという感じです。
町田 出向は2年と限られているので、その間に東和町や岩手県のためになにかしたいという思いが強いですね。それに、文章を書くことが意外に好きだという新しい発見もありました。
相内 ここでいろいろな人と出会って、世界が広がった気がしています。まだ1本しか記事を書いていないですが、花巻のよさをもっと伝えていきたいです。
千葉 個人的な直近の目標は飛世さんと一緒に記事を書くこと(笑)。ここでのつながりから盛岡と花巻の『おみやげ手帳』という新しい仕事にもつながり、楽しんでいます。
今野 仕事で伝統工芸の職人さんと話していると、(雑誌などの)記事を見て工房を訪ねてくる人が励みになっていることがわかりました。僕もそんな記事が書けるように、まずは職人さんにしっかりと取材を申し込みます!
四戸 ライターとして花巻の街を見ると、新しい動きが見えてきます。市内の各地で遊休不動産などの活用の動きも見受けられますし、花巻にはコンテンツがあると思うので、それらをすくい上げる力になればと思いますね。
北山 今、花巻には若い人が集まってきて、お店を開いたり、ワインを盛り上げたりという動きが生まれています。それを、外の人だけでなく花巻の人にも知ってほしい。ライター同士のつながりも出て、スタンプラリーというイベントを開き、盛り上がってきているので、これからおもしろくなっていきますよ。