銭湯を利用したデイサービス事業がきっかけで生まれた、子育て中のママが子どもと一緒に働ける職場がある。「子連れ出勤」というユニークな働き方と、その環境づくりを取材した。
子どもを抱っこして働く。子連れ出勤、OKです。
東京都品川区旗の台の住宅地にある銭湯『新生湯』。1952年に創業し、地域の銭湯として愛されてきたが、時代とともに利用客は減少傾向に。「銭湯に行く体力がなくなったよ」と常連客の足も遠のき始めた二十数年前、『新生湯』代表の新井重雄さんは、そんなお年寄りにこそ銭湯に入ってほしいと、介護職員初任者研修の資格を取り、入浴の手伝いを始めた。
2000年に介護保険制度がスタートしたことを機に、新井さんは入浴介助や機能訓練などを行うデイサービスを銭湯で実施することを思いつき、03年に通所介護事業所『デイサービスセンター・湯〜亀』を開設。銭湯の営業時間前に、地域のお年寄りにデイサービスのプログラムを提供している。
当初、新井さんは夫婦で事業に取り組み、2人の子どもを子連れ出勤という形で職場に連れてきて働いた。事業が忙しくなると地域の子育て中のママを雇い、子連れ出勤を歓迎。子どもと一緒に働きやすい職場職場を整えていった。
そんな子育てママの一人が後珠代さんだ。フィットネス事業部の事務を担当し、1歳半の絵都くんと子連れ出勤をしている。仕事は週2回、10時から15時まで。「絵都を連れて、朝は上の娘を幼稚園に預けに行き、そのまま自転車で出社し、働きます。15時に退社し、娘を園に迎えに行って、帰宅します」とのこと。後さんははじめ、絵都くんを保育園に預けて働こうと考えていたが入園の条件が厳しく、預けるのは無理と判断。家で絵都くんを育てていたが、縁あって20年夏から『湯〜亀グループ』で働き始めた。「職場の皆さんが絵都を可愛がってくださるので助かります」と後さん。引っ込み思案だった絵都くんも、スタッフとふれ合ううちに人なつこい姿を見せるようになった。絵都くんが熱を出したある朝も、「電話をすると『休んでも大丈夫ですよ』と応じてくださり、病院へ連れて行くことができました」と、後さんは子育てを応援するこの職場環境に信頼を寄せる。
また、介護事業部の湧本亜友美さんは、以前は長男と子連れ出勤をしていたが、2人目の出産のために産休を取得。この日、1週間前に生まれた華子ちゃんを見せに事務所に来ていた。「子育て経験をされたママが大勢おられ、子育てについて教えてもらえるので心強いです」とうれしそうに話した。
互いに助け合いながら、ママが働きやすい環境を。
『湯〜亀グループ』の子育てママを応援する仕組みの一つに、「時間単位で取れる有給休暇」がある。「例えば」と、介護事業部長の渡邊扶美さんが説明する。「15時から小学校の保護者会があるとき、学校までは歩いて3分だから14時55分まで働いて、保護者会に出席。終わると、戻ってきて勤務を再開するというように、有給休暇を1時間だけ取ることもできます」とのこと。有給休暇が小刻みに、効率的に取れるのだ。また、経営面についても話し合われる重要な全体会議では、「子どもが騒がないようにと会議室を出ようとするママもいますが、そんな気遣いは一切不要。子連れ会議も大歓迎です」と、渡邊さんは笑顔で話す。
そんなふうに周囲に気を使うママもいる半面、もっと優遇してほしいと考えるママもいる。「そこはお互い様。子育てに限らず、親の介護や障害がある家族の世話で急に休まざるを得ないスタッフもいます。自分だけが優遇される対象だと思わず、互いに助け合いながら働ける環境をつくっていきたいです」と渡邊さんは言う。
突発的な事情で休めば、誰かがその代わりを務めることになる。『湯〜亀グループ』は現在、デイサービス、訪問介護、居宅介護、訪問看護、さらには、サービス付き高齢者向け住宅、小規模多機能型居宅介護、認知症対応型通所介護の施設を運営しているが、スタッフはほとんどの職場の仕事を経験する。「介護の全体的なスキルを習得すると同時に、誰かが休んだ場合に誰もが代役になれるように多様な仕事を学んでほしいので」と渡邊さん。「また地域で働くメリットの一つは、家と職場が近く何事も素早く対応できること。家で子どもに何かあっても、すぐに帰れる安心感もあります」。
子連れ出勤はママが働きやすくなるだけではなく、施設を利用するお年寄りにもよい効果をもたらすことがある。渡邊さんは、「認知症対応型通所介護『くおりあ』に、発語が苦手なために普段はあまり自分から話をされない利用者がいます。あるとき、その方のそばで小さな子どもが絵を描き始めると、『何を描いているの?』と話しかけ、子どもが『電車』と答えたら、『貸してごらん』とスケッチ帳を取って電車の絵を描き、その子に見せたのです。子どもは喜び、その方も笑顔に。そんなふうにお年寄りの心を開かせる子どもの力に驚かされました」と、印象的な出来事を語った。
職場の同僚や利用者のお年寄りにも和やかなひとときを与える子連れ出勤。何よりも、子どもたちが職場で元気よく過ごしている姿を見ていると、多世代が共に過ごす環境を働き方が醸成する、その可能性を目にしているかのようだ。