ちょうど1年前の今日、2019年12月7日。長野県の南にある小さな町の、そのまた小さな商店街が、4,000人を超える人で賑わった。 シャッターが目立ち、人通りのまばらだった、下辰野商店街に1日だけ人がごった返したというニュースは瞬く間に関係者に広がり、「あの商店街で何が起こったのだろう」とちょっとした伝説にもなった。 そして再び、2020年12月7日。下辰野商店街で新たなプロジェクトが動き始めている。シャッター商店街をこれまでにない新たなアプローチで「再編集」し、商店街にかつてあった「歩いてめぐる楽しさ」を生み出す、「トビチ商店街」というプロジェクトを紹介する。
シャッターがあってもいい。無理をしない、みんなが生きやすい町づくり
人口約19,000人、東日本随一のホタルの名所として知られる長野県辰野町。そんな小さな町の中心街にあるのが、下辰野商店街だ。全国のシャッター商店街同様、半数以上がシャッターの状態で、人通りも、町に灯るあかりも少ない。そんな一見して、さびれたように見える商店街で動き始めたまちづくりプロジェクトが「トビチ商店街」だ。
トビチ商店街は、従来の商店街活性化と異なり、シャッターを無理に開けようとしない。シャッターが下りている景色もその商店街が持つ個性と捉え、その合間に個性的でこだわりを持ったお店を誘致する。パン屋さん、おしゃれなカフェ、セレクトショップ、バーなど個性的な商店が飛び飛びに分散し、歩いてめぐる楽しさのあるコミュニティ商店街がコンセプトだ。
昔からある老舗店舗も、新店舗も、シャッターも、それぞれを許容、共存させた、多様性のある「優しいまちづくり」を大切にしている。
商店街など地域の活性化にまつわる取り組みで、よく耳にするのは「活性化疲れ」だ。思いを持った少数の人が、みんなを巻き込んで、シャッターを開けさせたり、たくさんの人を呼び込もうとイベントを打つ。それ自体は素晴らしいことなのだけれど、背伸びをした取り組みは、いつか関わる人が疲弊してしまうのだ。
一方で、トビチ商店街はビジョンに共感した人が、やれる範囲でやれることをやる、という無理のない方針を立てている。例えば、イベントを実施するにしても、無理に大きな規模にせずに、継続できる範囲内で無理なく開催する。あるお店がイベントをやるとなれば、「私も」という風に便乗して、複数のお店が同時多発的にイベントを実施することもある。けれど、みんなを無理に巻き込んで大規模化はさせない。
多様な形で関われるようにデザインされているので、「活性化疲れ」せずに、持続可能な形で、まちづくりを進めることができる。2019年から始まったトビチ商店街は、一つ、また一つと出店するお店が増え続けている。
そんなプロジェクトを仕掛けるのは、一般社団法人 ◯(まる)と編集社。建築家、デザイナー、自転車冒険家、コミュニティデザイナーなど、多様なメンバーが集まる辰野町のまちづくり会社だ。
◯と編集社・ディレクターの奥田さんはトビチ商店街のコンセプトに込めた思いについてこう語る。
「多様な文化や価値観を持ったお店や人が集まる町にしたい。その方が、いろんな人にとって生きやすい町だと思うから。だからこそ、老舗も新店舗もシャッターも商店街の多様性として尊重したいと思っています」
2030年、未来にあって欲しい商店街をみんなで創造(想像)するために
同社は2030年に向け、10年という長い歳月をかけて、トビチ商店街をていねいに育てようと、2019年から様々な挑戦を続けている。
2019年12月7日には、「こうだったらいいな」と思える10年後の理想の商店街をみんなで想像し、そのイメージを1日だけ再現する「トビチmarketを開催。開催に際して実施したクラウドファンディグでは、ビジョンに共感した128人から90万円の支援を得た。その応援者とともに、商店街の空き店舗の片付け、リノベーション、会場設営、マップ作成、当日の運営まで、全てをみんなで手作りした。トビチmarketの準備には、商店街の老舗店舗オーナー、移住者、近隣市町村、学生、役場職員など実に多様なメンバーが関われる範囲で関わった。
そして迎えた当日は、飲食店、クラフト作家、雑貨屋さんなど全国から54店舗が集結。長野の寒空にもかかわらず、ほとんど人が歩かない下辰野商店街に、県内外から4000人を超える人が集まり、商店街を歩いてめぐる楽しさを多くの人が体験した。
昔からの商店街を知る、辰野町の現町長、武居さんはトビチmarketに参加した時の感動をこう表現する。
「昔から商店街にいるおじいちゃんおばあちゃんたちは、人で賑わう商店街を見て“あの頃の商店街が蘇ったようだ”と、涙を流して喜んでいました。まさにあの時の光景は昭和30年代から40年代の商店街でした」
県内でも同イベントは話題となり、第2回の開催を求める声も多いが、◯と編集社代表理事の赤羽氏はこう話す。
「トビチmarketは人を集めることが目的ではなく、トビチ商店街という10年後の今より少しワクワクする未来をみんなで共有することこそが目的だったんです。ビジョンの共有は実現できたので、同じような形で大きく第2回をやる予定はありません。でも、同日近い場所で各々何かやろうよとやりたいという人が集まってminiトビチmarketみたいにやるのは大歓迎です(笑)」
実際に、2020年12月にはトビチmarketに参加した店主有志で、自主的なマーケットを再び開催しようという動きもあるという。トビチ商店街という10年後のビジョンは、◯と編集社という会社を超えて、みんなのビジョンになりつつある。
訪れるたび変化する、「成長する商店街」
トビチmarketが終わった後も、10年後を見据えてトビチ商店街は日々、進化を続けている。
「ミニトビチmarket」と題して毎月、空き店舗にアパレルショップやカフェ、パン屋さんなどが松本市や塩尻市からポップアップショップを開きにやってくる。売上も上々だといい、ポップアップショップの数は日に日に増えている。
また、2020年6月には、空き店舗の一つだった「吉江プロパンガス」がサイクルステーション「grav bicycle station」に生まれ変わった。自転車を軸にまちづくりを行う、新しい商店街の拠点として多くの人が集い、交流している。
さらに今後は、量り売りのシャンプーバーや、コーヒースタンド、アパレルショップ、深夜まで営業する本屋、シェアオフィスなどが空き店舗に入居する予定もあるという。
まるで枝葉を伸ばす植物のように、そして一つの生態系のように、トビチ商店街は生き生きと成長を続ける。そんな進化する商店街に、お客さんは「次はどんなお店が出店しているのかな?」とワクワクしながら遊びに出かける。トビチ商店街には、そんな風に成長を見守り、ともに育てる楽しさもあるようだ。
課題解決よりも、まずは理想を描くことから
「そもそもシャッターをなくすことが商店街の活性化なんだっけ?」
「僕たちが本当に住みたい町ってどんなだろう?」
トビチ商店街の構想は、そんな「そもそも」から始まった。
シャッターや人口減少、空き家の増加など、地域課題を目の前にすると、私たちはなんとかそれを解決しようとしてしまう。けれど大切なのは、課題解決をする前に一度立ち止まり、「町がどうなったらワクワクするか?」という理想をじっくりと考えることなのかもしれない。
「こうしなきゃ」ではなく、「こうしたい」という自分の理想を、掴むこと。人は義務感ではなく、楽しいビジョンに共感するから。
そして、手段ではなく、目的を見失わないこと。その先に、自分たちがワクワクする未来はきっと待っている。
トビチ商店街の取り組みは、みんながワクワクできる未来の作り方を私たちに教えてくれている。これからも発展を続けるトビチ商店街に注目したい。