訪日外国人が急増するなか、インバウンド観光でまちを元気にしたいと取り組むユニークな英会話スクールが香川県高松市にあります。伝えたいなら、まず話すこと。地元と訪日旅行客をリアルにつなぐ『えいた Language Shelter』の挑戦をご紹介します。
東京オリンピック・パラリンピック2020を目前に、日本中がインバウンド(訪日外国人旅行)ブームに沸いている。穴吹英太郎さんが暮らす香川県もそんな地域の一つだ。2016年にはインバウンド宿泊者の伸び率で日本一となった。
『えいた Language Shelter(以下、『えいた』)』は、こうした時代のニーズに応えようと、高松市の中心部にある商店街の中で、15年にオープンした英会話スクールだ。通常とは少し異なり、「外国人旅行客を受け入れる人たちの駆け込み寺になりたい」と、独自の取り組みを行っている。
生徒は百貨店の販売員や宿泊施設のスタッフ、天ぷら屋さんの大将など。商店街という立地上、商売や仕事で英語を使いたい人も多い。そのため、生徒自身が海外のお客様に伝えたい、サービスをしたい内容を教材にするなど、実用的なカリキュラムが人気の理由になっている。
いつか使える英語ではなく、すぐ目の前の外国人に何ができるか。その根っこには、「インバウンド観光を通じてまちを元気にしたい」という穴吹さんの強い思いがある。その熱意は、英会話スクールから外国人旅行者向けのアクティビティ開発や民泊にまで及ぶ。語学教育を通して、穴吹さんが描くふるさとの未来像を伺った。
ソトコト(以下S) 穴吹さんが語学と出合ったきっかけは?
穴吹英太郎(以下穴吹) 最初はホテルマンになりたかったんです。商社に勤めているとき、もっとお客様と直接接する仕事がしたくて。それには語学力が必要と思い、中国語を学ぶために、27歳で会社を辞めて上海へ。語学学校に1年間通った後、現地のホテルでフロントマンとして1年半働きました。その後、英語を学ぶためにフィリピンのセブ島へ。セブ島は当時からマンツーマンスタイルが基本で、短期間で効率よく英語を習得したい私にはちょうどよかったんです。ここでも語学学校とインターシップで1年間、英語漬けの日々を過ごしました。
S せっかく3年半も語学行脚をしたのに、ホテルマンにはならなかったのですか?
穴吹 ホテルマンよりもやりたい夢ができたんです。もともと語学にコンプレックスがあったのですけど、言葉を学ぶことで、テレビでしか知らなかった中国人と実際に会って、一緒に働いて、彼らの考え方に肌で触れて。話せば話すほど、自分の価値観が広がっていくのが心地よかった。語学ってこんなにすばらしい道具だったのかと。それで、どこかに就職するよりも自分で何かを始めたくて、中国で出会った女性との結婚を機に、香川県高松市に戻りました。
S 初めから語学スクールをやるつもりで?
穴吹 はい。そう決めて帰りました。ただ、久しぶりに地元に戻ると、過疎化で商店街の店が減っていたりして、自分を支えてくれたふるさとが今のままずっとあり続けるわけではないことに、改めて気づいたんです。一方でちょうどその頃、高松でも外国人観光客が増えつつあったので、語学を活かして、まちの活性化に役立つような語学スクールを始めることにしました。
S 『えいた』では、授業以外にも、直接外国人とコミュニケーションできる機会を積極的につくっていますね。
穴吹 はい。外国人旅行客向けの体験メニューもその一つです。生徒さんの要望で始めたのですが、その立ち上げ、開始までをお手伝いしました。
例えば、魚屋さんが案内する魚市場ツアーです。すでに「Airbnb」で20件以上レビューがついています。早朝のセリを見学するのですが、市場の人たちと顔なじみの本物の魚屋さんが案内しますから、お客さんの満足度が高い。同時に、案内する側も本業以外の時間を使って、ちゃんと副業につながっているのがいいなと。
S ちゃんと継続できる仕組みになっているのですね。
穴吹 仕事に直結するものだけでなく、地域のイベントなどで「おもてなしボランティア」もやっています。先日、米国の豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス」号が入港したときは、乗客約2700人のうち約1000人が商店街などを自由観光するというので、街頭で外国人ゲストの道案内などをやりました。終了後、参加した生徒さんが「最初は緊張したけど、次々質問されるから、緊張するのを忘れました」って、イキイキと話してくれるのを見て、しびれるぐらいうれしかったですね。「伝わった!」という成功体験が語学の醍醐味でしょ。自分の言葉で説明して、誰かに喜んでもらえたってことが自信になるし、自分のまちを知るきっかけにもなる。今はわざわざ海外に行かなくても、手を伸ばしさえすれば、暮らしながら世界中の人と出会えるチャンスがある。だから「いつか」じゃなくて、「いつでも」背中を押せる存在でありたいんです。
S 2018年から、民泊にも取り組んでいるそうですね。
穴吹 生徒さんを見ていると、自分もプレイヤーとして海外のお客さんに接したくなって。
S もともとホテルマンを目指されていましたし。
穴吹 はい。『商店街ホテルズ』と名づけて、『えいた』のフロントで鍵を渡し、商店街を歩きながら宿泊先へ行くシステムにしています。1軒目は徒歩10分くらい離れていたので、最初は心配だったんですけど。でも、レビューに「商店街がすごく便利だ」って書かれていました。高松の中心部では8つの商店街がアーケードでつながっていて、総延長で日本一だったこともあるんです。これって、地元では当たり前だけど、旅行者にとってはスペシャル。お客さんからまちの魅力を教えてもらうことも多いです。
S ほかにも宿があるんですよね。
穴吹 2018年6月に1軒目をオープン後、運よく『えいた』のビルの上階を借りられたので、18年10月に2軒目をオープンしました。こちらはキッズルーム完備のファミリー仕様です。小さいお子さんを連れて旅をする大変さは、私もよくわかりますから。まちなかにも、お父さん、お母さんが安心して滞在できる場所があればいいなと考えています。
S さらに今年は、3軒目として〟城宿〝の『穴吹邸』をオープンされましたね。
穴吹 実は、私の実家です。実業家だった祖父が約50年前に建てた家で、今は私たちも独立し、空き家になっていたのですが、どうしても残したくて。家としての役割は終えても、家族のルーツですから。天守閣があるユニークな建物なので、思い切ってラグジュアリーな宿にリノベーションしました。
S ターゲットを富裕層向けにした理由は?
穴吹 『商店街ホテルズ』は手頃な値段で泊まれるのがウリなので、それ以上のオプションはつくりにくい。でも『穴吹邸』は、価値があると認めたものにはお金を払う人たちがターゲットです。どんなおもてなしメニューがつくれるか、今からワクワクしています。
S 今後はどのような展開を?
穴吹 今後は「外国人なら誰でも」ではなく、「どういう人に来てほしいか」、まちもきちんと意思を持つべきだと思います。安さを求めるお客さんばかりではまち全体の消費は増えず、宿しか潤わない。それでは、商店街の人たちは彼らに関心を持たなくなってしまいます。
観光庁によると、定住人口が1人減ると、年間125万円の消費が失われるそうで、それを観光で補おうとすると、国内の日帰り旅行だと80人分、外国人旅行客なら8人分になるそうです。もちろん、統計上の話ではありますが、そもそも外国人旅行客がお金を払いたくなるコンテンツがまちになければ、この計算は成立しません。また行きたい、また会いたいと思われる店や人が育たないと、インバウンドでまちの活気を維持するのは難しいと感じています。
今後はそういうまちの「人的受け皿」を一緒につくっていきたいですね。