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多様性

連載 | 標本バカ

雑種の標本

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レオポンは、その問題に挑戦する動物実験だったのかもしれない。

現在国立科学博物館では特別展「人体—神秘への挑戦—」を開催中である。僕が頼まれたのは、レオポンの剥製の展示だった。レオポンは自然界には存在しない幻の動物である。母がライオン、父がヒョウという2種の大型ネコ科動物を交配することによって『甲子園阪神パーク』で誕生したレオポンは1960〜70年代に一大ブームとなり、今に標本が受け継がれている。

当時の『甲子園阪神パーク』はこの大型ネコ科の交雑作戦を、研究と位置づけて行った。担当した獣医師の赤木一成氏による著作『レオポン誕生』を読むと、いかに科学的知見に基づいて行われたのかがよくわかる。彼らはレオポン「作成」から誕生、そして成長して死亡するまで、事細かく記録を残し、いくつかの論文を出版している。死後は両親を含むすべての個体を剥製標本、全身骨格標本として残し、後の研究に役立てようとした。これらの標本のうち、両親と雌2個体の剥製と骨格、加えて1個体の雄のレオポンの骨格が、当時の研究資料とともに国立科学博物館に所蔵されており、今回の展示に役立てられることとなった。

このような大型哺乳類の雑種「作成」はご法度と思われがちだが、現在でもウマとロバの雑種のラバなどは、東南アジアの各地で「作成」されている。ラバは、非常に頑健な労働力として古くから重宝されてきた。しかし繁殖能力がなく、ラバを得るためには毎回ウマとロバの交配を行う必要がある。その理由は謎だった。1950年代に遺伝子の本体であるDNAの構造が解明されて以降、「種とは何なのか」「種を隔てる壁とは何か」という議論が盛んになってくる。レオポンは、その問題に挑戦する動物実験だったのかもしれない。野生動物を象徴する大型ネコ科の雑種づくりはインパクトが強く、展示動物としても最高だったに違いない。

レオポンの体のサイズは母親のライオンくらい、体には薄いヒョウ柄の模様があるという点で、両親の中間的な特徴をうまく持っている。雑種では親動物の中間型が生まれがちに思えるが、ラバのように両親よりも有用な形質が覚醒することもある。これを「雑種強勢」という。そして種間の雑種には生殖能力がない場合が多く、その子孫を得ることはできない。これは「一代雑種」と呼ばれる。なぜ雑種に両親よりも優れた形質が出るのかは僕にはわからないが、繁殖能力がないのは少しだけわかる。多くの哺乳類の種では染色体の数や形が少しずつ異なっており、雑種個体では生殖細胞をつくるときの細胞分裂に都合が悪い。これが種の壁の一つだといえよう。

こういった知見は雑種動物をつくってみて、その個体を精査した成果としてわかってきた。種を理解するためには雑種を調べるべし。現在では大型獣を用いた雑種「作成」実験は倫理的に認められるものではないから、新たなレオポンの標本は手に入らないだろう。しかし、この時代にほかにもさまざまな雑種動物が「作成」された経緯があり、こういった動物実験が認められた時代は確かにこの国にもあったのだ。レオポンの標本は今後の研究の可能性を秘めた貴重な遺産なのである。

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