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10月1日は日本酒の日。福岡の酒蔵と消費者がつながる「福酒コミュニティ」がもたらすもの

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ずらりと並ぶ飾り樽は、福岡市の櫛田神社に県内の蔵元から奉納されたもの。10月1日の「日本酒の日」に行われる「福酒奉納祭」では、毎年、県内の蔵元が集まりその年の酒造りや豊穣を祈念する。この写真を提供してくれたのは、「福岡SAKEスクール実行委員会」の永石りささん。福岡県の各地域にある61もの蔵元と消費者が直接つながる“福酒コミュニティ”を、15年以上にわたって育んできた、仕掛け人の1人だ。作り手と消費者を結ぶことで生まれたもの、これからの可能性について話を聞いた。

目次

日本酒の低迷期を救った「お酒の学校」

 2003年、福岡で「お酒の学校」が開校した。福岡県酒造組合と地元フリーペーパーが企画したもので、福岡の蔵元から講師を招き、日本酒の種類・酒造りの工程などを学べる講座だ。永石さんはこのフリーペーパー編集部の担当者だった。当時は、日本有数の酒どころである福岡だけでなく、全国的にも日本酒の消費が低迷していた時期。「日本酒=男性が飲むもの」というイメージから脱却し、より広く親しんでもらうために、女性にもターゲットを広げる新たな戦略が必要だった。
「このフリーペーパーは福岡で働く女性たちが主な読者層でしたから、ターゲットとしてはぴったりです。流行やセンスに敏感な世代なので、テキストや資料を入れるファイルなんかのデザインにもこだわって揃えました」。
入学式はホテル、卒業証書も準備するなど、ディテイルにこだわった企画は見事に女性たちの心を掴み、1期生20名の募集に対して80名を超える応募が殺到。10月1日に開催した福岡の蔵元の酒が一堂に会する試飲イベントには、仕事帰りの女性たち200名が集まった。
「参加者の女性たちに聞くと、『実は日本酒が好きだけど、なかなか大きな声で言えない』という声が当時は多かったんです。だから知識を学んで、『ただ好きなだけじゃなくて学んでいる』と言えるようになりたいと。そういう意識の高い女性たちが集まってくれました」。
1期生の入学式から早速、参加者同士が連絡先を交換したり写真を撮ったりと、すぐにコミュニティができた。これには蔵元の担当者たちも驚き、苦境に喘ぐ時期だったこともあり、大きな希望になったのだという。
「コミュニティの広がりもそうですし、講義後の懇親会などでお酒に関しての意見が聞けたりもするので、リアルな消費者マーケティングができることもすごく喜ばれました」。

大賀酒造蔵開き
福岡県で最も古い蔵元「大賀酒造」の蔵開きに参加した永石さん。代表の大賀信一郎さんは「お酒の学校」初代校長も務めた。(c)永石りさ

福酒コミュニティで守られてきたこと

こうして福岡の日本酒の蔵元と消費者をつなぐ“福酒コミュニティ”が形成されたが、担当者として気を配っていたことがあると永石さんはいう。
「講義後の懇親会などでワイワイ盛り上がることはもちろんあっていいけれど、生徒と講師であるというスタンスは守って、福岡のお酒のことをきちんと学んでもらえたらと。それからこれは蔵元も言われていたのですが、決して日本酒の評論家になってもらう必要はなく、マナーを身につけて楽しくお酒を飲んでもらいたいということですね」。
「お酒の学校」の卒業生として福岡の酒を楽しく、美しく飲み続けてもらうために。永石さんら企画スタッフが用意したのは「福岡県酒造組合認定証」だ。名刺サイズのカードには卒業期や会員番号などと共に、福岡のお酒を嗜む際のルールとして写真の5ヶ条が書かれている。
「福岡のお酒を素敵に飲める人、私たちは“福酒撫子”と呼んでいるんですが、卒業生にはそういう人になってもらえたらと。この五ヶ条は同窓会でも唱和しているんですよ」。コミュニティの目的と属する人々のスタンスを明確にしたことで結束力が生まれ、1期生スタートから15年以上もの長きに渡り、関係性が継続している。

お酒の学校五ヶ条
「お酒の学校」卒業生 5ヶ条 (c)福岡県酒造組合

今なお続く交流と広がる福酒の輪

「お酒の学校」は、2012年の15期生まで、約400人の卒業生を輩出。卒業して終わりではなく、2年に1回は卒業生と蔵元関係者が集まる大同窓会や、有志が声を掛け合って忘新年会や花見などが行われている。また他県へ移り住んだ人もおり、東京で同窓会が開かれることもあり、もちろんその場では福岡の酒が飲み交わされている。
また、毎年福岡県各地の蔵元で開かれている蔵開きでは、卒業生がスタッフとして来場者に酒を振る舞うこともある。
「蔵元の依頼で駆けつけた福酒撫子は、日本酒の知識がしっかりあるから来場者の質問にもきちんと答えられるんですよ」と永石さん。
さらに、卒業生の中には国税局主催の利き酒大会で全問正解して金賞を獲得したり、日本酒文化伝道師としてセミナーやイベントで活躍したりしている人もいるという。「ちなみに『お酒の学校』を一緒に担当していたフリーペーパーの編集スタッフは、福岡のお酒を揃える酒屋さんに転職しました」。このように卒業生や関係者が、立派な“福酒撫子”として、福岡の酒の魅力を県内外に広めているのだ。

お酒の学校OB
蔵開きを手伝う「お酒の学校」の福酒撫子(卒業生)たち。(c)永石りさ

男女年代問わず福酒コミュニティを広げたい

男女年代問わず福酒コミュニティを広げたい

2012年に「お酒の学校」事業は終了しているが、その後も卒業生たちと蔵元とのコミュニティは続いている。永石さんが同窓会や蔵開き、日本酒関連などのイベントなどに参加する中で、数年前から聞こえてきたのが「また学校をやってほしい」「自分は男性だけど参加してみたかった」という声だった。そして、現在は地域活性プランナーとして活動する永石さんが「福岡SAKEスクール実行委員会」を立ち上げ、2019年秋、福岡県酒造組合の後援で1期生の講座を開講した。
蔵元が講師となり、福岡の日本酒について学べるというのは「お酒の学校」同様だが、参加者は地元企業で働く人から県外の飲食店オーナー、「お酒の学校」卒業生の夫など、男女はほぼ同率で年代も幅広く集まった。
「お酒の学校の卒業生たちが福岡の日本酒の魅力を広めているように、次世代の福酒コミュニティを作りたいなと思っています。5年、10年先を見据えながら、小さなコミュニティを少しずつ増やして、広げていきたいですね」と永石さんは言う。

福岡SAKEスクール
「福岡SAKEスクール」1期生の講義の様子。講師は蔵元が務める。この日は若竹屋酒造場の篠田成剛さん。(c)永石りさ
きき酒
「福岡SAKEスクール」の香りを学ぶ教材。(c)永石りさ

 

日本酒は差しつ差されつ

「福岡SAKEスクール」2期生はこの10月に開講を予定していたが、コロナの影響を鑑み延期を決断した。
「蔵元とも話してしっかり感染対策を行い、この秋は開講するつもりでしたが…。万が一があっては参加者の皆さんにも、蔵元にもご迷惑がかかりますし。皆が安心できる状況になれば、2021年の春頃には開講できたらいいなと思っています」。
秋から冬にかけては酒造りの最盛期を迎えることもあり、感染リスクを考えると致し方ない判断である。

SAKEスクール教科書
「福岡SAKEスクール」のテキスト。6回講座で、日本酒の基本から米や水、製法、ラベルの読み方、きき酒、料理との相性などを学ぶ。(c)永石りさ

毎年秋に行われる日本酒関係のイベントも続々中止が決まっており、日本酒はまたも消費低迷の危機に直面している。
「ある蔵元さんによると、6〜7月は持ち直したけど、8月にパタッと止まってしまったようです。対飲食店の売上は前年比30〜50%とも言われていました」と永石さん。アルコール飲料自体の家飲み需要は増えているが、日本酒の消費は圧倒的に飲食店が多いからだ。
「いま私たちにできることは、福酒を飲むこと。お取り寄せやリモート飲みもいいけれど、日本酒は差しつ差されつ。やっぱりお店で人と会って飲みたいですね」。
もちろん感染状況をみながら対策をしっかり講じて、ぜひ日本酒が飲める店で「福酒」を探してみてほしい。

地域の文化を守り広めたいと願う人と学ぶ意識のある人をつなぐだけでなく、メンバーの結束力を強めるための工夫や気配りをする。これが、地域コミュニティを育成し継続するために最も大切なことではないだろうか。

永石りさ 
福岡SAKEスクール実行委員会代表。福岡市在住。地元フリーペーパー編集部、新聞社イベント事務局を経て、現在LSP株式会社にて企業・地域活性に関するプランナー、プロモーションを担当。
福岡SAKEスクール実行委員会

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