本を選ぶとき、あなたはどんな風に選んでいますか?タイトル、作家名、本の帯、書店のポップ・・・など、それぞれに好みの選び方があるだろう。今回はそれらに加えて「宛名だけで本を選んでみる」という選択肢を紹介したい。カードに書かれた「〇〇なあなたへ」という宛名だけで選書するこのサービスは、オンラインでも店舗でも利用可能。どんな本が届くのかにワクワクする楽しさだけでなく、ある仕掛けによって感動さえ感じることができるのだ。
“宛名”でしか選んでいない本に心を動かされる
ブックエクスチェンジというイベントを知っているだろうか?
これは参加者がそれぞれ好きな本を持ち寄り、交換するイベント。本屋に行って本を買うという“いつものスタイル”とは一味違う、本との出会いだ。
そのブックエクスチェンジをオンラインと店舗で行っているカフェが、香川県・金刀比羅宮のふもとにある。
そのお店の名は、『栞や』。
『旅する栞や文庫』という、店頭・インターネットどちらでも購入・参加ができるブックエクスチェンジサービスを提供している。
このサービスは、全国の読書人から選ばれた「読者大賞(場部門)」も受賞。古本を販売するお店は数多くある中で、『旅する栞や文庫』はその仕組みが珍しい。
オンライン版の利用手順を説明すると、まずはホームページ上で「諦めそうになっているあなたへ」「次はいい恋をしたいあなたへ」などと書かれた宛名だけを頼りに本を選ぶ。
そして選んだ本が届くまでワクワクしながら待っていると、届いた封筒には本だけでなく「元持ち主からの手紙」と「お守り栞」が同封されていることに気づく。
本に対する想いが綴られた手紙は、時に自分と重ねながら読むことで、届いた本への期待が膨らむ。また「お守り栞」には温かい色使いが印象的な絵とともに、タイトルやキーワードが書かれており、その絵や言葉たちにも心を動かされる。
最後に自分が送りたい本も選書し、栞を選び、便箋に想いをしたため返送すると、いつの日か新しい持ち主の元へと届けられる。
“宛名”でしか選んでいない、顔も名前も知らない誰かからの本と手紙と栞に心を動かされるという、なんとも不思議なサービスが『旅する栞や文庫』なのだ。
お守り栞が誕生したきっかけ
その『旅する栞や文庫』を運営するのは、カフェ・栞やの店主である銀三郎さん・紗奈衣さんご夫妻。“人生というひとり旅を彩る”をコンセプトに、もの・場所・イベントを提供している。
紗奈衣さん: この場所はそもそも祖父母の持っていた空き家だったんですが、今から2年前ぐらいにその存在を知りました。当時私たちは岡山に住んでいたけど、その空き家を生かして何かできないかなと思っていたのが最初の始まりです。
でも自分たちが何をしたいか、そこから本気で考えるようになった時に、先に「栞や」っていう名前を決めたんです。調べてみるとこの漢字には「道しるべ」という意味があり、 人生をひとり旅だと例えた時に、その道しるべになるような活動がしたいと思ったのが最初です。
そのコンセプトをもとに最初に誕生した商品が『旅する栞や文庫』にも同封されている、お守り栞だ。
紗奈衣さん: 内省するきっかけになるようなものとか、忘れたくない気持ちとか、初心に帰れるようなものとか、そんな商品にしたいねって考えた時に、店名の『栞や』からで紐付いて、栞を作ることにしました。
うちには原画だけ送られてきて、作家さんに聞いたコンセプトをもとに、私がタイトルやキーワードをつけさせてもらっています。その絵がどんなことを伝えたいのかっていうのは大事にしたいので、なるべくその想いは聞きながら、あくまで私の言葉は栞を見てくれた人とその絵をつなぐ手段でしかありません。絵で響く人もいれば、言葉で選んでくれる人もいる感じですね。
本と栞と手紙が巡る『旅する栞や文庫』という仕組み
その後カフェとしての営業も始めたお二人が、『旅する栞や文庫』を始めたきっかけについて聞いてみた。
紗奈衣さん: 栞を作っていた時に、最初は自分が選ぶ栞を想定していたんですよね。お店に来て、惹かれる栞を選んで、それがその人のお守りになるっていうのを考えていたんですけど、そのうちに「人に送りました」というお客さんが現れて、「何それ、めっちゃうれしい!」と喜んだんです。誰かを想って、贈り物として送ってくれた体験がうれしくて。
紗奈衣さん: そういうこともあって、最初は栞が巡る仕組みを作りたいと思っていた時に、ちょうど Twitter で武蔵野美術大学さんの卒業制作『冷蔵文庫』という仕組みを知りました。それは学校のエレベーター横に使わなくなった冷蔵庫を置いて、その中に本をラッピングし、何か一言書いて、冷蔵庫の中の本と交換する、みたいな仕組みだったんです。しかもそれが「優しい循環」というテーマだと知って、素敵だなと思ったと同時に、「中身が見えない本と栞を巡らせたい」っていう想いが芽生えて。「旅する栞や文庫っていう形でやらせてほしいんですけど」と聞いてみると「ぜひ使ってください」と言ってもらえたので、今の形ができあがりました。
では本を巡らせるだけでなく、栞や手紙を同封する形にした理由はなぜだったのだろうか。
紗奈衣さん: 栞や手紙が、本を読んで感じたことを表現する一つのきっかけになってほしいなと思っていて。本を送るまでの過程は、手紙も書くし、栞も選ぶし、すごくたくさん踏むんだけど、それら全てでその人が伝わると言うか。顔は見えないんだけど、それぞれが“その人のオリジナル作品”ぐらいに思ってるんですよね、私は。
だからこのサービスは、本屋さんで本を買うというよりも、その偶然性とか相手の感性に触れるみたいな経験がすごくおもしろいんじゃないかなって思っているんです。
銀三郎さん: 本を人に送りますってなった時に、この本が自分にとってどんな本だったかなとか、本にまつわるエピソードを思い出し、内省するきっかけになると思うんです。本をパラパラと読み返したりして、それを自分の言葉で書いて、人に送るっていうのがあまり無い体験だし、いいなと思っています。
コロナをきっかけに始まったオンライン提供
もともとは店舗で展開していたサービスを、オンラインで始めたきっかけは2020年に入ってからだった。
紗奈衣さん: コロナで店舗が開けられなくなった時期だったんですが、お手紙とかで「また開いたら行きますね」みたいメッセージはもらっていたんです。でも一方で、本当にいつ開けられるか分からないし、その間にもうちにある何かを体験してもらえたらと思って、オンラインでの『旅する栞や文庫』を考え始めました。
銀三郎さん: どうしても人の温かみに触れる機会が少なくなった時期だったので、そういう温かさを届けられるものが、ネット上にも作れないかなっていう感じで作りましたね。
それまでは、来店することで原画を見てもらったり、「家から一歩出ると、世界が広がる」というメッセージも伝えたかったというお二人。それでも「オンラインでやってみたら、そこで自然と“新たな何か”が生まれるかもしれない」とオンライン化に挑戦する道を選んだのだ。
何重にも重なる本のストーリー
『旅する栞や文庫』が始まって以来、店舗でもオンライン上でも、さまざまな反応が届いているのだそう。
紗奈衣さん: 以前来店された方で、たまたま本がカバンに入っていたので「仕組みはやってみたいから、この本でもいいかな?」っていう感じで購入してくれた方がいたんです。それで実際に本を交換して、お家に帰った後に、受け取った本を開けてすごく感動してくれたみたいで。「私が何気なく入れた本では申し訳ない」ってことで、わざわざもう一度本と手紙を書いて郵送してくださったことがありました。
それ以外にも、交換して受け取った本をもう一度ここに持ってきてくれて、何回か巡回してくれた人もいました。
銀三郎さん: 本当にいい本だったから、また別の人にも読んでほしいって言ってね。
紗奈衣さん: 同じ本でも、その人が選ぶ栞と手紙が巡るから、 何重にも重なっていくんですよね。結局私達が届けたいのは、本っていうより、本の向こう側の物語とか、その人がどんなことを感じたかのかっていうことで、やっぱりそっちの方がおもしろいと思うんですよね。
またオンライン提供を始めてから、このサービスを始めたことに対するお二人へのお礼も今まで以上に増えたのだそう。
紗奈衣さん: 『旅する栞や文庫』もそうだけど、何か感じたものや良いと思ったものを誰かに伝えたいと思う、一つの場にここがなれたらいいなと思っているんです。心が動いた時に、私たちがここに住んでいることでその受け皿になれたらいいなと思っていて。だから良いと思ったものは私たちからも伝えるし、逆にみなさんが良いと思ったものはこっちでも受け止めていくみたいな、そういう場所でありたいなと思っています。
現在『旅する栞や文庫』では常時8冊を用意。店舗・オンラインどちらでも、同じ本を選ぶことができる。
ただ一度に購入が重なると一時的に在庫が少なくなるが、新しい本が返送され次第ホームページ上でも公開され、購入可能になるという。
紗奈衣さん: ピンと来た時に選んでもらえたらと思うので、その時は在庫がなくても、何回かトライしてもらえたら、次見た時に「これかも!」っていう出会いがあるかもしれないですね。
何でも調べればある程度の情報が手に入る今、見えないことや分からないことに対しておもしろさを感じる瞬間があってもいいのかもしれない。
「明日天気になぁれ」と天に靴を放り投げたように、「今の自分に必要な本と栞が届きますように」という気持ちで、その偶然性を楽しんでみてほしい。