コロナ禍のなかで、ますますオンラインでモノを買う機会が増えた。スマートフォンの画面上に並列する商品からお目当てのモノを選び、カートに入れる。瞬間的にモノを買ったという実感は訪れるが、すぐにそうした感覚はどこかへ消えてしまう。消費という行為の持つカタルシスも、モノの背景にあるストーリーもどこかへ消えてしまい、なんだかむなしさだけがあとに残っているのだ。
そんなタイミングで三品輝起さんの新刊『雑貨の終わり』を読み終えた。前作『すべての雑貨』で雑貨的なるものを定義し、独自の雑貨論を展開している三品さんは自らも東京・杉並区西荻窪で雑貨店『FALL』を営みながら、わたしたちの消費や文化の行方についてさまざまな媒体に寄稿している。彼が店の片隅から小さな声でつぶやいているようなこの本は、単なる雑貨屋の店主のエッセイなどではない。パンも家具も洋服も本も、そして家すらも雑貨のようにきれいにコーティングされ、雑貨のようにわたしたちの眼前に提示される現代の消費文化への静かな警鐘と、かつて存在した大らかな小商いへの憧憬が切々と綴られている。かつての商いが持っていた人間的なゆるやかな交わり。それが消費の未来だと思いたい。
『雑貨の終わり』
著者:三品輝起
出版社:新潮社