自然豊かな日本の地方で「クオリティ・オブ・ライフ」を優先した生活を狙い、2015年に妻と一緒に東京から瀬戸内海に浮かぶ大崎下島(広島県呉市豊町御手洗地区)へ移住した。
御手洗地区は、江戸時代に北前船の航路で栄えた風待ち潮待ちの港町であり、今でも古い建物が並んでいる国の重要伝統的建造物群保存地区である。観光客も遠くから訪ねるような場所だ。その歴史的な町並みの中に長年空いていた明治時代の元『御手洗郵便局』の建物があった。中を見ると、当時の木製と古いガラスの窓口や風情のある内装が残っていた。眠っている建物をもう一度起こしてみたい気になった。お店を構えることは想像していなかったが、写真だったら、この建物の雰囲気を生かせると思った。地域の要人を通して、その建物を借りることができ、中を片付けて『トムの写真館』が誕生した。
この島に移住してから、「よくこんなところに住んでいるね! ここのどこがいいの?」と聞かれる。この質問は、都会から日本の地方へ住み着いた移住者全員が聞かれる質問だと思う! 景色の美しさ、自然の豊かさ、柑橘のおいしさも理由になるが、最も大きく影響を受けたのは「人」だった。御手洗地区に辿り着くまでに出会った広島県庁の案内人、気持ちよく受け入れてくれた島民、すべてが人と人がつながるバトンタッチでこの地域に移住できた。
移住すると、さらに地方の「人」と「地」の深い関係性に気づいた。東京の暮らしでは、住んでいる場所は最寄り駅の名前で表し、「駅に近い」「会社に近い」「遊び場に近い」「スーパーに近い」などと、住む「地」に対する単純な考えと関わり方をしていた。しかし大崎下島に来たら、自分が住んでいる地域・集落に対する愛情や誇りの高さなど、地元の人の熱さに衝撃を受けた。自分の地域をとても大事にしていることが分かった。
主な写真の仕事は島外で行い、島の写真館も運営する一方で、気持ちよく僕たちを受け入れてくれた地域のために、写真で何かためになることをしたかった。早速、島の写真をポストカードにして写真館で販売したり、地域住民の家族写真を撮るサービスを始めた。次第に地域の本当の写真のニーズが明らかになった。それは証明写真だった。
大崎下島は、7つの島々が本州と橋でつながっている「とびしま海道」の4つ目の島である。本土に渡るのに車で30分はかかるが、瀬戸内の絶景の中にある道路と橋を渡るため、ドライブ気分で苦に感じたことはない。多くの観光客、バイカー、サイクリストは、その絶景を目指して、「とびしま海道」に足を運んでいる。ただ、この「とびしま海道」内では、証明写真を撮る場所がなく、高齢の島民は、バスに乗って本土のスーパーに設置されている証明写真機に行くしかなかったのだ。
僕は今まで、写真のアシスタント、勉強、仕事、個人のプロジェクトをしてきたが、なかなか証明写真を撮る経験がなく、新鮮な感じだった。しかし現在、自分が撮る写真で最も地域のためになっているのが証明写真で間違いない。また、この島で証明写真を撮り続けると、今まで交流がなかった島民と出会えて、毎年、人の変化や若者の成長を見ることができる。
最近、白い背景で撮った証明写真を見ると、「ただのポートレート」だけに見えなくなった。「人」と「地」の深いつながりがあるように、証明写真にも写っている人が生まれ育った地域の背景が浮かんでくるからだ。一人一人の証明写真は、この地域の背景を深く表す写真に見えてきた。