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連載 | 体験にはいったい何があるというんですか?

「八百屋」的に生きる【尾辻あやの・中屋祐輔対談】

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今回の対談相手は、世田谷でお店を営む、尾辻あやのさん。「人が社会に触れる機会を増やしたい」という思いから、八百屋と居酒屋の既成概念にとらわれず、ポップアップの八百屋運営や農業支援など、活動の幅を広げています。

開かれた引き戸の入り口。店内から漏れる賑やかな声。とくべつ用事はないけれど、思わず立ち寄りたくなります。いつもそこに「存在」している安心感。何かに、誰かに出会えるのではないかという高揚感。コミュニティとしての「八百屋」の機能を、思い出させてくれました。

《尾辻あやの / Ayano Otsuji》
世田谷区・北烏山育ち。親の仕事の都合で中高時代は神奈川で過ごし、大学から再び東京に戻る。今年、世田谷区民10年目。
NPO法人にてコミュニティカフェの運営、ケータリング事業の立ち上げや運営などを経て、2020年、夫とともに世田谷区役所近くにイエローページセタガヤを開店。
2021年には山梨を拠点に農業支援を行う会社、株式会社FARMERS AGENCYのアドバイザーに就任。「八百屋はコミュニケーションツール」をコンセプトに、農業繁盛×地域円満を目指すポップアップ式八百屋「プラスヤオヤ」の活動を開始。
目次

ソーシャルなものに関わる素地

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中屋 尾辻さんは、昨年SETAGAYA PORTに入られて、関わらせていただくようになりました。
※2021年度から始まった、世田谷区の産業創造プラットフォーム事業。世田谷区内外の企業・スタートアップ・フリーランス・会社員・プロボノ・大学・金融機関など多様な方々が在籍。

イエローページセタガヤさんは、八百屋と居酒屋を営みながら、2階のスペースは地域に開放したりと、地域コミュニティの役割も担っていらっしゃると思います。

ソーシャルなことを手掛けるようになった理由に、何か思い当たる節はありますか?

尾辻あやのさん(以下、尾辻) 母親が昔、教育系の雑誌編集に携わっていたんです。教育や地域、環境といったテーマが身近にありました。
私、4月22日生まれで、その日はアースデイなんですね。自分の誕生日なのに多摩川のクリーンアップに参加したりしていました。

中屋 そうした家庭環境で育ったんですね。

尾辻 はい。子供の頃、ニュースを観ると、気持ちが落ち込んで寝られなくなるような子だったんですよ。壮大に悲しくなっちゃって。もともと社会問題に対して関心が高かったんでしょうね。
 
でも、大人になって、華やかな世界が好きだと思っていたので、ファッションのPR会社にアシスタントとして入りました。メディア露出も多いし、芸能界ともつながりが濃いような、ガチなPR会社です。

中屋 ハードそう…。

尾辻 そうなんです。「やれる!」と思ったんですけど、具合を悪くしちゃって、辞めることになりました。

落ち込んで外にも出られなかったとき、知人が子どもの遊び相手のバイトの話を持ちかけてくれました。戸惑いもありましたが、やってみると、子どもたちは一緒に遊んであげるだけで喜んでくれるし、すごく純粋で、私を頼ってくれる。自分のことで頭を悩ませていた私にとって、外に目を向けて人と触れ合う時間は、回復に役立ちました。

キャリアに余白をつくる

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尾辻 PR会社に入るまでは、華やかな世界に魅力を感じていましたが、面白いと思うものと自分に向いているものが一致しない人もたくさんいるんだな、と痛感しました。そもそも、本当に向いているものや、自分の魅力は、意外と本人が気づいていないこともあります。

中屋 そうなんですよね。「好きを仕事に」とか「やりたいことをやろう」といった教育や啓蒙って、きついものがありますよね。「好きじゃなかったら、やっちゃいけないんですか?」とさえ思う。

尾辻 あと、やりたいことで食べていけなかったときに、自分は駄目なんじゃないかと感じます。

中屋 絶望感を味わいますよね。物事にはタイミングがあるし、たとえ才能があったとしても、本当にその道だけが望ましいのかというと、そうじゃないこともあります。

尾辻 何より、ストレスがない仕事が一番いいですよね。

中屋 ストレスって、2種類あると思います。「自分のためになっている」と思える、いわば筋トレみたいなストレスと、絶対に逃げた方がいいストレス。もちろん、何かを実現するためにはストレスはつきものだけれど、ストレスは2つあると認識して、逃げ道も確保しておくと、 生きやすくなるのかなと思います。

尾辻 そうそう。逃げても全然いい。

私、最近若い子に何か聞かれたときに「自分に何が向いているかは、誰にも分からない」と伝えています。消去法で今の私があるだけで、10年前にこうなろうと思って過ごしていたわけではありません。目の前にあるものから、嫌なものを外し続けた結果です。

付き合いたいと思う人とだけ付き合いたいし、向いていないことや嫌なことには手を出しません。できないことはやろうとしない。やれないことは、すぐに適任者に依頼します。

20代でやりたいことが見つかっていない人には、「やりたくないことのストックを貯める期間だととらえて、過ごしたらいいんじゃない?」と伝えたいです。これは嫌だった、2度とやりたくない、とか、こういう人とは一緒にいられない、とか。仕事に失敗しようと、会社を辞めようと、それは何も悪いことじゃない。むしろ将来のためのデータが貯まるのでいいことです。

中屋 そうですね。自分の行動に自覚的じゃないと、向いていないのに意外と同じことを繰り返しちゃいます。だから、「20代はこう過ごそう!」と意識することで、経験が内省の材料になりますよね。

福祉は、日常に混ざっているもの

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中屋 NPO法人でのご経歴もある中、ビジネスを興されたきっかけは何ですか?

尾辻 個人の才能やカリスマ性で行われているものって、もしその人がいなくなってしまったら終わっちゃうんですよね。目を覚まさせる存在として、アクティビストはとても必要です。

ただ、渋沢栄一の『論語と算盤』の話じゃないですけど、終わらないものは何なのだろうと考えたとき、外との関わりをもつビジネスなのかなと考えるようになりました。

中屋 商売を残す、という視点ですね。

尾辻 たとえば、私は型ができたら、その型を分けていきたい。概念としてはFCですが、社会との接点を増やしたいんですよね。八百屋運営のノウハウを伝えてポップアップ八百屋を増やす取り組みも、その思いに通ずるところです。

中屋 すごく分かるなぁ。継続する商売。

僕の会社も色々と手掛けてますけど、「何のためにやっているのか」と問われれば、「人づくり」です。

尾辻 そうですよね。

中屋 不安定な世の中では、残せるものはありません。思考力、他者への想像力、そうした基礎的な力が養われていると、世の中が変わっても柔軟に突破できると信じています。

尾辻 ソーシャルなものや福祉が、もうちょっと普通なものとしてとらえられるようになればいいのに、と思います。携わっていない人が抱く固定観念がありますよね。たとえば、「福祉はすべてを投げ打つ精神がないとできない」とか「農家は自然を愛していて慎ましい生活をしている」とか「関わる人は、意識が高くていい人」みたいな…。その願望も含んだイメージがあることで、関わっている人と関わっていない人との溝がなかなか埋まりません。

中屋 いい人もいれば、そうじゃない人もいる。ほかと何ら変わりない、普通の社会ですからね。

尾辻 すべてを捨てて関われる人は、ほんの一握りです。早く家に帰りたい、遊びたい、家族といたい、買い物したい。そういう人が9割方だと思っています。

社会問題の解決が最終ゴールだとしたら、その最短ルートは、選びたくなる仕事になることだと私は思っています。

私がなぜ、今の活動をしているのか。突き詰めると、それが皆のためになるからというよりは、私がそれをやっていて楽しいからという理由が一番です。この空間をつくることが好きだし、人が喜ぶと楽しい。美容師さんが髪を切ってお客さんに喜んでもらえて嬉しいのと一緒です。

皆のためになる云々というより、楽しいからやる。むしろ、人間としてとてもわがままな生き方をしているように思いますけどね(笑)。

中屋 「楽しい」が先にくることは、すごく大事だと思っています。

尾辻さんがおっしゃる通りで、僕も起業して地域の取り組みやソーシャルな仕事が多いので、「社会貢献、好きなんですか?」とか「禊でもしてるんですか?」とか「儲からないでしょ?」とか色々と聞かれます。でも、楽しいと思える仕事をしていたら、結果としてそのカテゴリーに分類されるものだった、というだけです。先ほどお話されていたような固定観念は、今後変わっていくと思います。

尾辻 敷居が高く感じられている仕事も、気軽に出入りできるようになるといいですよね。面白そうと思ったら関わってみる。関わってみて違うと感じたら、出ていく。仕事の選択肢のひとつに加われば、関わる人の分母が大きくなると思います。

実際にお店を営んでみて思いましたが、小さいお店や個人店は、コミュニティをつくっているんですよね。

中屋 意識的にコミュニティをつくるかつくらないか。この違いだけかもしれないですよね。

尾辻 そうそう。ただ、オフィシャルに事業を紹介したりプロデュースしたり、困ったときに専門的なところにつなげるようなところは少ないです。

中屋 確かに。今は個人がメディア化しているので、地元に根差したものや行政の取り組みを発信していくことで、より伝わりやすくなる時代になったなと思いますね。

尾辻 ソーシャルな活動は、遠い世界の話ではなくて、日常に混じっているもの。関わっている張本人はソーシャルなことをしている、と気付いていなくてもいいと思っています。

中屋 僕もそう思います。

尾辻 八百屋って、めちゃくちゃ日常っぽいじゃないですか。非日常とは誰も思わないので、いわゆるソーシャルな問題とすごく相性がいいと思うんですよね。

中屋 日常は、「繰り返しそこに存在する」という心の距離が近い状態だと思っています。たとえば、テーマパークは、非日常を味わうために足を運ぶのだろうけれど、毎日行ったらしんどいですよね。

新型コロナウイルスの影響もあって、日常の中に楽しみを見出していこうとする姿勢は、若者たちの間でも芽生えてきているのではと感じています。

尾辻 生活環境をよくしようと。

中屋 それまではただの寝床に過ぎなかった、自分が住んでいる街も含めて、身近なものを豊かにしようする感覚が強くなってきたことは、大きな変化だと感じています。

「イエローページになりたい」

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尾辻 先ほどお伝えした通り、八百屋や飲み屋は、やりたいことを実現するためのツールに過ぎないんですよね。人が欲しいものに出会ったり、会いたい人に会えたり、知らないことを知れたりできたら、形態は何でもいい。

お店の存在自体をメディアにしたいんですよね。

中屋 いいですね。

尾辻 開業する前から、夫と「イエローページになりたいよね」と話しています。自分たちのコンセプトが伝わるものということで、この店名になりました。

中屋 現代版の街の電話帳(笑)。たとえ何屋に転身しても、コアの部分は変わらない。

尾辻 この間、お店に来た子に「人からお勧めされてモノを買いたい」と言われたんです。商品の情報はいくらでも手に入るけれど、自分と関わりのある◯◯さんが勧めてくれたものを買う体験をしたい、と。なるほどなぁ、って思いましたね。

中屋 昔なら情報の希少性が高かったけれど、今は情報で溢れていますからね。

尾辻 近くに新しいお店ができたら、すぐにSNSに載せるようにしています。お店の人から「投稿を見たお客さんが来てくれた」と言われると、すごく嬉しいです。

中屋 顔が見える関係性ですね。

尾辻 たまに近所の情報を載せ過ぎて、「今日はお店はお休みですか?」と聞かれるくらいです(笑)。

あと、お店を開いてから、うちのお店がきっかけで4人世田谷に引っ越しました。物件の内見ついでに寄ってくれたりするんですけど、引っ越し先を決めるとき、その街がどんな街かって思うわけじゃないですか。「いつでもおいで」と言ってくれる同世代がいると安心する。私、「ここ、良いよ!」とかめっちゃ言いますし。

引っ越す/引っ越さないの基準って、駅チカとかそういう話だけじゃないんですよね。住むところ、コミュニティ、ってこういうものだよなぁって思います。

「八百屋」的な取り組み

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尾辻 コロナ禍で「男はつらいよ」を観たんですけど、あのローカル感がいいですよね。夫と「こんなふうになりたいね」と話してます。

中屋 急に人が家に上がり込んできたり、何かあったらお寺の住職のところに駆け込んだり。さらに昔の時代には、書生や丁稚などもいて、血縁関係にとどまらない家族の形がありましたよね。

商売の話では、寅さんがいきなり道端で色々な物を並べて売り始めて、「こうやって商売って生まれるんだ」と思いました。

尾辻 自分が生活する範囲は、本当に小さくていいんですよね。その小さな圏内で、関わりをたくさんつくっていく。これは、ビジネスを通して実現したいことです。

今は、就労を絡めて地域市場のようなものをつくりたいと考えています。たとえば引きこもりであったり、社会との接点さえあれば、もっと色々なことができる人ってたくさんいると思うんです。

社会との接続を断つか/断たないかの分かれ道は、こちら側に未練があるかどうか、後ろ髪を引かれるか、失いたくないものや戻っていく場所があるか、だと思っています。

中屋 この世界から断絶されていると感じたら…。

尾辻 そう。振り返っても誰もいなかったら、戻る意味はないって思っちゃいますよね。私は、そうしたことをなくしたいんです。本当に地味なんですけど、こういう小さいコミュニティがたくさん存在することしか、解決方法はありません。

中屋 昔は、食うや食わずみたいな時代があったけれど、今は、物質的な豊かさを獲得できたがゆえの、生きづらさもあります。

尾辻 よりよく生きていかなければいけない、という風潮はありますよね。私は、生きているだけで素晴らしいと思っています。

中屋 震災によって、保証されていると思っていた「生」が揺るがされる経験をした人は、生き残った身としての使命感が凄まじく強い。でも、乗り越えることは簡単ではありません。そうした彼らにとっても、人や社会と接続できる小さなコミュニティにいくつか属しておくことは、大事だと感じていています。

尾辻 もう1回会いたい人がいるかどうかが、本当に重要です。

人って、何の因果か分からないけれど、たまたまコケたところの打ちどころが悪くて、コロコロと転がっていってしまうことがあるじゃないですか。私が病気をしたときもそうでした。

精神的に強くて乗り越えられる人もいれば、そのタイミングでは無理な人もいます。1回コケたら終わりになることが本当によくないと思っていて。

でも、コケたことがない人には分からないんですよね。頑張りたくても頑張れない「とき」があることや、自分の身内がある日突然そうなることがある、ということを想像できない。サボっているとか、やる気がないとか、甘えてるとか言うけれど、別に甘えてもいいと思うんです。

中屋 競争社会の、ある種の弊害ですよね。周りに「強者」しかいないから、取り残されないように、自己を強く押し出していく必要がある。

とはいえ、人間には必ず死が訪れるじゃないですか。自分が老いたり怪我をしたりして、誰かのお世話になる「とき」は訪れる。閉じられた競争社会の中だけで乗り越えようとしても、難しいです。

尾辻 社会に触れる柔らかな第一歩のきっかけとして、農福連携などもこれから手掛けていきたいと考えています。

対談日:2022年3月13日
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【体験を開発する会社】
dot button company株式会社

写真・尾辻あやのさんご提供
文・川上陽子

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