頭をよぎる言葉は、フェアネス。

頭をよぎる言葉は、フェアネス。

 舞台俳優で演出家の家福。彼の妻で脚本家の音。彼女は性交のたびに、不思議な話を夫に語るものの、自分がした話を覚えていない。強く結ばれていながら、どこか危うく見える――そんなふたりのあいだには、相手に踏み込むことを押し留める“なにか”がある(ように見える)。
 ふたりの関係が、音の不意の死によって宙に浮いてしまう前半を経て、家福が演劇祭の演出を引き受け、舞台が広島に移る辺りから、物語は動き始める。
 中盤以降、映画は演劇を軸に進む。外国と日本の役者がそれぞれの言語で演じるという演出をする家福は、演劇祭で『ワーニャ伯父さん』を舞台にかける。アジア各国からオーディションに参加した役者のなかには、以前、音が家福に紹介した、彼女の脚本作品の常連だった高槻もいる。
 ワーニャ役に選ばれた高槻をはじめ、役者はそれぞれの母語や手話で稽古を重ねる。舞台がつくられてゆく過程で見えてくるそれぞれの人間性も興味深い。
 演劇祭のルールによって、家福にドライバーが用意される。テクニックが必要な、年季の入った赤いサーブを運転するのは、若いのにどこか老成しているみさきという女性だ。寡黙だが、その態度や表情に芯の強さが滲む彼女は、舞台を演じる役者に劣らぬ存在感を放つ。音が家福に語った物語の “その後”を、長台詞のように車中で話す高槻。家福を乗せて、広島から北海道へと走るみさき。このふたつは、映画でもっとも印象に残るシーンだ。

©2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

 もうひとつ『新聞記者』や『宮本から君へ』など話題作をつくり続ける製作チームが手がけた『パンケーキを毒見する』は、風刺アニメなども入れながら、現・首相の素顔に迫るドキュメンタリー。
 お世辞にも話し上手とはいえない菅首相がなにを考えているか。「ご飯論法」「ヤギさん答弁」の命名者である法政大学の上西充子教授が徹底検証する、悪い冗談のような過去の答弁が、現・政権の不誠実さを浮き彫りにする。
 官房長官在任中の2822日間に、領収証を必要とせず、誰のチェックも受けない官房機密費の政策推進費として支出したお金は合計約89億円に上る。それがなにに使われたのか。ほかの”お答え“できない個別の案件と併せて、その使途は明示されるべきだろう。
 国民の、政治への関心の薄さが招いた日本の状況を映し出す『パンケーキを毒見する』と、村上春樹の小説を映画化した、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』。
 なんの接点もない両作品を観ていて頭をよぎったのは、フェアネス(fairness)という言葉だ。思想家の内田樹さんが村上作品を論じた自著で、彼のフェアネスについて語ったように、この言葉は作家の創作姿勢を表している。
 前・政権以来続く、自分の味方しか見ようとしない、フェアネスのない彼らの姿勢に、そろそろノーを突きつけてもよいだろう。

©2021『パンケーキを毒見する』製作委員会

『ドライブ・マイ・カー』

8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷にてロードショー、全国順次公開。
https://dmc.bitters.co.jp/

『パンケーキを毒見する』

新宿ピカデリーにてロードショー、全国順次公開中。
https://www.pancake-movie.com/

text by Kyoko Tsukada

記事は雑誌ソトコト2021年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。