日本全国にある、7万7,000件以上のお寺。かつては、葬儀をしたり、お墓のあるところというだけでなく、「寺子屋」のような子どもたちの教育の場として情報や文化の発信地であり、地域の寄合所にもなっていた。今よりもさらに私たちの生活に密着した場所だったのだ。しかし、今ではその多くが人口減少や後継者不足などの課題に直面している。
コンビニより多いお寺が抱える課題は?
日本にあるお寺の数は、全国にあるコンビニエンスストアの店舗数を上回るほど多いという。かつて江戸時代に制定された檀家制度により、すべての家が必ずどこかの寺院に帰属することを定められていた。各寺院は、そうした檀家の葬祭供養を執り行うことで、お布施を得て運営されてきたが、近現代の核家族化やイエ意識の希薄化、人口減少などによって檀家の数は年々減少している。こうした状況の中で、お寺を運営していくための充分な収入を得られなかったり、後継者がいないといった課題を抱えるお寺は多い。
このようなお寺が抱える課題を解決するため、新しいお寺の活用方法やお寺との関わり方を提案するのが、宿泊もできるお寺滞在体験「お寺ステイ」とリモートワークのオフィスとしてお寺を活用する「お寺ワーク」である。「お寺とテクノロジーで、ワクワクする空間を。」というビジョンを掲げ、これらのサービスを展開する株式会社シェアウィングの雲林院奈央子さんに、お寺の抱える課題や独自の取り組みについて話を訊いた。

盛岡生まれ、サウジアラビア育ち。上智大学文学部ドイツ文学科卒業。
ワコールにて下着の企画・開発・新規事業を担当。出版を機に退職し、2006年大学時代の友人と共同代表で株式会社シルキースタイルを設立。下着やボディケアの専門家として数々のメディアに出演、監修を行う。大使館プロジェクトPORT代表。2016年6月シェアウィング創業、共同代表取締役就任。2019年2月より取締役。日本と諸外国の草の根外交活動がライフワーク。
継続するために、お寺をもっと活用する。
雲林院さんが取締役を務める株式会社シェアウィングは、「お寺ステイ」をはじめとしたお寺での「滞在や体験」を学べる観光資源として、地域を元気にする事業に取り組んでいる。「お寺ステイ」や「お寺ワーク」といったお寺を活用したサービスのほかにも、お寺の課題を解決するコンサルティング事業や、観光産業の人材不足を解消する目的の人財育成事業も行っている。
雲林院さんが、シェアウィング代表(2019年1月までは、雲林院さんと共同代表)の佐藤真衣さんと共にお寺の課題解決に取り組み始めたのは、もともと趣味だった寺社巡りをする中で、あまり知られていない魅力的な寺院に数多く出会ったことから始まる。そうしたお寺が存続危機にあることを知り、「もっとお寺を活用できるのではないか?」と感じたことが事業を始めるきっかけになった。
最初は、高山善光寺(岐阜県)の宿坊リニューアルと経営管理から始まり、現在では「お寺ステイ」の拠点として5つのお寺とのパートナーシップを結んでいる。それらはすべて、海外のゲストにもわかりやすいよう「Temple Hotel」と名付けられ、インバウンド需要も大きい。このような宿坊事業から始まった「お寺ステイ」だが、スタート時から、宿坊だけにとどまらず、もっと大きな枠でお寺ができることを考えたい、という思いで始まっていた。
「お寺さんの中には、空きスペースや使っていない庫裏があったりして、活用したいと思っているところはたくさんあります。でも、そうしたお寺のすべてを宿坊にできるかと言われると、施設が整っていなかったり、住居が隣にあってできないところもあるんですよね。そういうお寺さんは宿坊ではなく、座禅や瞑想の体験場所として活用させてもらったりしています。そんなふうに、各寺院や地域ごとの事情に合わせながらお寺さんを有効活用できれば、という思いでスタートしました」

そうして、お寺の様々な課題に取り組み始めた雲林院さんと佐藤さんだが、課題や経営の危機に直面しているお寺も多い中で、具体的な相談や問い合わせがあるお寺はごくわずかだという。
「実際は皆さんお困りなんですが、積極的に自分からノックをして相談しに来る方は少ないです。民間企業に相談することをためらわれる方もいますし、そもそもどこに相談したらいいかわからないという方も多いです。もちろん、中には相談に来るお寺さんもいらっしゃいますが、そういったところはもう町の中心のお寺になっていたり、すでに色々やっていて+α を考えている前向きなお寺さんが多い印象ですね」
そう語るように、「お寺を続けていくために何か新しいことをしなければならない」と漠然と感じているお寺は多いが、厳しい状況を打開するために自ら行動を起こすところはまだまだ少ないようだ。
お寺を地域活性の起点にする。
そんな中、昨年10月に開業した「Temple Hotel」がある。群馬・桐生市の地域活性の拠点となることを目指してオープンされた「Temple Hotel 観音院」だ。プレオープンイベントには桐生市長も参加し、まち全体で開業を祝福した。
観音院は、開山から約370年以上の歴史あるお寺。毎月24日には縁日が開催され、地域内外からの参拝者も多く訪れる。地域とのかかわりも深く、すでに桐生の町の中でも中心的なお寺ではあったが、「何か新しいことを始めたい」というご住職家族からの声で始まったのだという。桐生のまちは、かつては絹織物の産地として栄えたものの、今では群馬県内の12市の中で最も少子高齢化率が高い。まち自体の力も衰退し、急速に人口減少が進む状況の中で、観音院をシェアウィングや地元企業・団体と連携する地域活性のハブにしながら、新たに開業する「Temple Hotel 観音院」を宿泊の拠点とし、観光による地域活性化を目指した。

地元のパートナー企業・団体との提携運営。
こうしてスタートした「Temple Hotel 観音院」は、宿泊スペースの設計・施行やインテリアコーディネート等、宿坊運営に関わる様々な部分で地元桐生の企業や団体とパートナーを組み、運営されている。それぞれが持つ繋がりが連鎖するように、次々と地元企業・団体を巻き込みながら進められたと、雲林院さんは振り返る。
「普段から地元の活性化のために動いている観音院さんの繋がりから、『この企業がいいんじゃないか』と意見が出ることもありましたし、私達の桐生出身の外部パートナーからの紹介で繋がった企業もあります。桐生のようにひとつのコミュニティが出来上がっている地域では、まちおこしに熱心な方同士の横の連携がすごくあって。誰かが『これやります』ってなったら、『じゃあ私もこれやります』『うちだったらこれできます』とういうふうに、とてもいい形で地元のみなさんを巻き込むことができたと思います。」

人口減少が進む桐生市だが、かつて織物のまちとして栄えたものづくりの精神が今にも繋がるように、近年は若いクリエイターやデザイナーの拠点になることも多い。「Temple Hotel 観音院」のインテリアコーディネートも、桐生で活動するクリエイターチーム「small」が担当し、伝統ある寺院の歴史と新しいものづくりが融合した空間が生まれている。桐生というまちの理解者である地元企業や団体をパートナーとして迎えることで、地域に根づいた風土をしっかりと取り入れながら、地域の中で運営し、地元へ利益を還元していく。そうした地産地消の仕組みが構築できているのも「Temple Hotel 観音院」ならではの取り組みだ。

開業後は、海外のゲストを中心に利用されてきた。これまでわざわざ桐生を目指して来る観光客は少なかったが、東京から2時間もかからないという利便性も手伝って、「Temple Hotel 観音院」に宿泊しながら、桐生のまちを散策していく外国人観光客も増えたという。
それから間もなく発生した新型コロナウイルスによる世界的なロックダウンの影響で、現在は海外ゲストの受け入れが難しい状況が続くが、これからは群馬県内を中心にした国内の需要を期待し、まずは群馬県民限定のショートステイプランを6月1日からスタートさせた。身近な存在のようでいて、しかし多くの人が普段味わったことがないお寺での滞在は、時間をかけた遠出が難しい中でできる「最高の贅沢」かもしれない。感性が研ぎ澄まされる空間で過ごす穏やかな時間は、窮屈な自粛生活に疲れた心を解放してくれるのではないだろうか。

このような県内在住者限定のショートステイプランは、他の3拠点でも実施されている。地元に根ざしたお寺に滞在することで、自分の住む地域の魅力を再発見できる機会になるかもしれない。
※県民限定プラン提供宿坊拠点
・Temple Hotel 高山善光寺(岐阜県高山市)
・Temple Hotel 観音院(群馬県桐生市)
・Temple Hotel 端場坊(山梨県身延町)
・Temple Hotel 大泰寺(和歌山県那智勝浦町)
自分の心を整え集中できるお寺こそ、最高のオフィスだ。
「お寺ステイ」のほかにも、お寺を活用した新たなサービスがスタートしている。そのひとつがテレワークならぬ、「お寺ワーク」だ。新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から在宅で勤務する人が急増する中、自宅に仕事ができる環境が整っていない人や集中して仕事をしたい人へ向けて、お寺をテレワークのオフィスとして開放する。仕事の合間には、瞑想や写経を体験することもできる。「お寺ステイ」の5拠点すべてで実施されており、東京・田町にある「Temple Hotel 正傳寺」を中心に、各拠点それぞれの地域でも注目を集め始めている。
「実は新型コロナ以前から、私たちの中では、自分の心を整えながら集中して仕事ができる場所として『お寺こそ最高のオフィスだ』と感じていたので、今年の年明けくらいから企画していたんです。そこからさらにコロナによって、みなさんテレワークをせざるを得ないという状況になり、やっぱり環境を変えたいとか、広いところで仕事したい、といったお声があったので、実際にスタートさせました。」
サービスを開始してみると利用者からも非常に好評で、当初は5月末までの予定だったが、継続することが決まった。さらに今後は、設備の関係で宿坊にすることができないお寺も、テレワークの場としてであれば活用できるところもあるとして、さらなる拡大に力を入れていく。現在実施しているお寺においても、より快適な環境を整えながら、利用者のニーズに合わせたプラン等を検討していく予定だ。
オンライン上でつながる、新しいお寺との関わり方。
さらにシェアウィングでは、現代の生活に合わせたお寺との関わり方や新たなコミュニティ形成にも取り組んでいる。それが「OTERA STAY On-line」だ。
オンライン上でお坊さんと気軽にトークができるイベントで、毎週水曜日のお昼に開催される「ヨリアイ ランチ」と月2回夜に開催される「ヨリアイトーク」がある。檀家の減少とともに寺離れが進み、お坊さんと接する機会も減っている中で、このオンライン上での交流イベントは賑わっているという。
「オンラインのほうが気楽に相談したり向き合ったりできるのかもしれませんね。毎回すごくいい話ができるので、『お寺さんとこんなに近い距離で話せるなんて思わなかった』とか、オンラインなのに皆さん『近い』って思うんですよ。お寺にわざわざ行って話すのはハードルが高いけど、オンラインで長い時間じっくりと気楽にお話しできるというのが、今の若者が求めている新しいかたちのお寺なんじゃないかというふうにも感じます。」
オンライン上で話されるトークテーマは様々。お昼に開催される「ヨリアイランチ」は基本的にフリートークで、各々の近況やお坊さんに聞いてみたいこと、時には人生相談のようなものも含めて、ざっくばらんな会話が生まれる。一方、夜に開催される「ヨリアイトーク」では、「幸せ」や「死生観」といった人生のテーマから、「アフターコロナをどうとらえるか」といった今の時代にあわせたテーマが設定され、参加者全員で話し合う。
これまでは、檀家制度によって地域住民との間でのみ作られてきた関係が、今ではオンラインを通して全国の人とつながることができる。自分の中で抱えていた悩みや疑問はもちろん、それがただ誰かと話したいという欲求だとしても、お坊さんとの会話は今までの自分にない気づきを与えてくれるものになるのだろう。特に、お寺に馴染みのない今の若い人にとっては、こうした新しいお寺との繋がりが、新たな心の拠り所になるのかもしれない。
身近なお寺で、自分自身と向き合う体験を。
日本人として、なんとなく身近に感じてきたお寺。改めて地域のお寺に目を向けてみれば、自分の地域のことを理解するきっかけになったり、心や体をリフレッシュする機会にもなるはず。気軽に人との接触ができない今だからこそ、身近なお寺で自分自身と向き合ってみるのもいいかもしれない。
<お寺ステイ拠点一覧>
Temple Hotel 正傳寺
東京都港区芝1-12-12 田町駅・浜松町駅より徒歩10分
Temple Hotel 端場坊
山梨県南巨摩郡身延町身延3493 JR身延駅から車で20分
Temple Hotel 善光寺
岐阜県高山市天満町4-3 高山駅より徒歩5分
Temple Hotel 大泰寺
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字下和田775 那智勝浦駅から車で20分
Temple Hotel 観音院
群馬県桐生市東2丁目13−18 JR桐生駅より 徒歩15分