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場づくり・コミュニティ

SOSが出せない福祉現場を、そして社会を変える。新たな福祉世界を描くヘラルボニーの挑戦。

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「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、“福祉”や“知的障害”に染み付いたイメージを鮮やかに打ち崩していく、ヘラルボニー。今年4月から取り組んでいた「#福祉現場にもマスクを」プロジェクトを中心に、コロナ禍における福祉現場で感じていたことについて、株式会社ヘラルボニー 代表取締役社長の松田崇弥さんに話を訊いた。医療崩壊が叫ばれる中、福祉の現場でも“福祉崩壊”とも呼べる危機に直面していた。その中で福祉現場に感じていた危機感、そして現在スタートした新たな取り組みとは。

目次

福祉現場のSOSを発信する、「#福祉現場にもマスクを」。

 ヘラルボニーは、マスクや医療品の不足が深刻な問題になっていた4月下旬、一般社団法人 障害攻略課、一般社団法人Get in touch、NPO法人D-SHiPS32の3つの福祉団体とともに、「#福祉現場にもマスクを」というプロジェクトを発足させた。

ヘラルボニー_#福祉現場にもマスクを

 「#福祉現場にもマスクを」は、マスクを必要とする福祉施設へ1か所でも多く届けるため、マスクや寄付を募り福祉現場へ届けるプロジェクト。松田さんの元には、当時複数の福祉施設から、マスク不足や施設運営の苦しい状況に助けを求める連絡が届いていた。しかし、SNSやメディアなどでは、福祉現場のSOSが世間に発信されていない。この状況に、危機感を抱いたという。

松田さん「当時、福祉施設から私にも『マスクが足りない』という連絡が来ていましたし、他の団体にも個別で連絡が来ていました。でも、SNSとかには全然そういう情報が上がっていなくて。福祉の現場って、身内に頼るということにはすごく慣れているんですけど、外部の人たちに発信できないことが多い。今回も日本の人たちに、こんなにヤバイんだよっていうのを発信できていないことが、まずヤバイってなって。それで他の団体と一緒に、福祉施設へマスクを届けながら、しっかり福祉現場の状況が社会に伝わる体制を作りましょう、ということで立ち上げたんです」

 介助が必要な障害のある本人やその家族にとっては、福祉施設はなくてはならない生活インフラのひとつ。しかしその現場は、マスク不足や緊急事態宣言下の人手不足によって「福祉崩壊」とも言える危機に面していた。さらには、さまざまな理由によって三密を避けられなかったり、ソーシャルディスタンスの確保が難しいところも多い。そうした厳しい環境にありながらもSOSが出せず、精神をすり減らしながら踏ん張ろうとする福祉現場の現状を改善するため、立ち上がったのだった。

SOSを出せない福祉現場の改善を目指して。

 しかし、そうした厳しい状況にあっても、福祉現場からSOSを出すことができないのは、なぜなのだろうか。

松田さん「やっぱり、みんな遠慮してるっていうのが非常にあると思います。当時、医療現場の逼迫した状況が複数のメディアで報じられていましたが、福祉現場の支援員や介護職は、医師や医療従事者ほど尊敬されるような職業ではないと自分たち自身の中で思ってしまっていて、声を大にして『助けてください』って言いたくても言えない、というのが心の根本にあると感じています」

 プロジェクトの中では、福祉施設がそれぞれ個別に自らSOSを発信できるよう、「#福祉現場にもマスクを」のメインビジュアルに各施設の名前を入れて使用できるグラフィックデータも用意された。それでもSNSなどで使用されている数はまだ少ない印象だが、「自分たちから発信していく」という発想や習慣を持ってもらうことが大事なのだ。

ヘラルボニー_#福祉現場にもマスクを
「#福祉現場にもマスクを」のビジュアルに、自由に名前や問合せ先が入れられるデータを配布。施設が自らSOSを発信することを促した。

 4月の発足以降、これまで65万枚を超えるマスクを1,491施設へ届けてきた。現在ではマスクの供給状況も徐々に改善されつつあるが、まだまだ充分な量のマスクが行き渡る状況にはなっていないとして、引き続き活動は続いていく。


コロナ禍における、ヘラルボニーの新たな取り組みとは。

福祉施設での“手洗いうがい”習慣化に取り組む。

 新型コロナウイルスの影響によって人びとの生活や社会が変化しているのと同時に、コロナ禍における福祉現場でもさまざまな変化やニーズが生まれている。その中で、ヘラルボニーとしても新たな挑戦を続けている。

松田さん「今やっぱり福祉現場で一番求められていることは、手洗いうがいの習慣化だと思います。知的障害の重度な方だと、コロナウイルスがなぜ危険なのかを理解することがすごく難しい。そして、なぜ手洗いうがいをしなきゃいけないのかを、言葉で伝えるって非常に難易度高いんですね。そういう中で、習慣をつけるっていうことがすごく重要で。それをコミュニケーションカードを作って出来ないか、というチャレンジをしています」

 そう話すのは、今ヘラルボニーが新たに取り組んでいる「GRAM PROJECT」だ。障害者福祉施設でのクラスターが多発している現状を受け、そのような施設での衛生管理の習慣化を目指した取り組みで、イラストが描かれたカードを見ることで、言語を介さずに手洗いやうがいなどの行動を喚起できるようにする。現在すでに候補となるイラストを2パターン用意し、全国の福祉施設でテスト運用を開始した。そこで得たフィードバックをもとに改善を重ねながら、本格的な運用を目指していく。

ヘラルボニー_GRAM PROJECT

ヘラルボニー_GRAM PROJECT2
実際にテスト運用されているイラスト。道路標識をモチーフにしたものとキャラクターが描かれたデザインが用意されている。

 もともと自閉症のお子さんがいる家庭や特別支援学校などで手作りされ、主流のコミュニケーションツールとなっている「絵カード」をヒントに考案されたこの取り組み。将来的には手洗いうがいなどの行動を促すだけでなく、障害のある人とコミュニケーションが取れる言語ツールのひとつとして確立させたいと考えている。これを普及させることで、「今までコン
ビニに行けなかった人が行けるようになる、というように障害のある人の活動範囲をさらに拡大させたい」と松田さんは語ってくれた。

ヘラルボニー_GRAM PROJECT
実際に施設内でポスターが掲示されている様子。部屋の中に入る前に、手洗いの習慣化を目指す。

 なお、この「GRAM PROJECT」では、現在モニターを募集している。ポスターはここから無料でダウンロードが可能。通っている施設や自宅でポスターを貼り、効果の状況を指定のフォームで入力することで、ヘラルボニーへ結果をフィードバックできる。モニターの申込みは、株式会社ヘラルボニー(heralbony.official@gmail.com)まで問い合わせを。

コロナ禍で見えた「社会と関わること」へのニーズ。

 そして、このようなコロナ禍でのさまざまな取り組みを経て、人びとの「社会と接点を持ちたい、貢献したい」といったニーズが見えてきた、とも話してくれた。

松田さん「マスクを1箱購入すると、自動的にその中の5枚を福祉施設へおすそわけ(寄付)するという『おすそわけしマスク』が、初日でものすごく売れて僕もびっくりしたんです。買った人の言葉で多かったのは、『何かしたいと思ってた。関われて良かった』という声でした。それを見たときに、やっぱり今の世の中には、何かアクションをしたいけど、なかなかできないと感じている人が多いんだと思いましたね。これからは、社会に関わることをどう可視化できるか、ということがすごく大切な指標になるのではないかと感じています。だから僕らがやってきたことはきっと間違っていないと思いますし、これからもっとできることがあると思っています」

「できることを、さらにできるように。」――新しい福祉の世界を作りたい。

 さらに進化していく社会の中で、福祉のかたちも変わっていく必要があると、松田さんは考えている。

松田さん「最近、“支援”と言ってしまった時点で思考停止しているなとすごく感じていて。そもそも“支援する”という言葉自体が上からというか、『マイナスをゼロにする』とか『できないことをいかにできるようにしていくか』っていう意味合いを持っているような気がするんです。でもこれからの社会では、仕事がどんどんAIに取られて、単純作業もなくなっていくだろうと言われる中で、きっと特筆すべき部分がある人だけが残っていくだろうし、得意なことを伸ばしていくことがすごく大切だと思っていて。そういう意味では、障害による強烈なこだわりがあるからできることって、いっぱいあると思うんです」

ヘラルボニー_崇弥さん・文登さん
株式会社ヘラルボニーの創業者であり、双子の松田崇弥さん(左)と松田文登さん(右)。“障害”や“福祉”に対するイメージをクリエイティブに変えていく「ヘラルボニー」という会社の立ち上げには、自閉症の兄・松田翔太さんの影響が大きい。

松田さん「まさに福祉の業界だと“支援者”と言いますが、それよりも純粋に“伴奏する人”みたいな、走るパートナーとして障害のある人たちをとらえることが大事だと考えています。『できないことをできるようにする』っていう従来の福祉の世界ではなく、『できることを、さらにできるようにする』っていうような新しい福祉の世界が生まれたら、従来の“障害者”だったり“福祉”っていうもののイメージが変わるんじゃないかなと思います」

 誰でもできるような仕事はAI化される、ということは、AIの進化が著しい昨今ではしばしば言われることだ。機械にできないことだけが仕事として残り、そういう仕事ができる人が生き残っていく。そういった社会の流れのなかでは、「人並みにできること」よりも、「他の人ができないこと」や「普通ではないこと」の価値がさらに強まっていくはず。自分の中の“福祉”や“障害者”に対する見方やイメージを振り返ってみることは、自らの成長や可能性、そして生き方を見直すことに繋がるかもしれない。

ヘラルボニー_Wall Art Museum in Takanawa Gateway

 そしてヘラルボニーは現在、JR高輪ゲートウェイ駅前特設会場において「Wall Art Museum in Takanawa Gateway」を開催している(入場無料、特設サイトからの予約制)。建設現場などに設置される仮囲いに、知的障害のあるアーティストの作品を展示する「全日本仮囲いアートミュージアム」の一環として実施されているもので、ここでは5人のアーティストの作品を観ることができる。

 これまで、展示が終了したアート作品はただ撤去されるだけであったのに対し、今回はアート作品をターポリンに印刷し、展示終了後トートバッグへとアップサイクルして販売するという、新しい取り組みも実施される。7月14日の展示開始直後から予約注文が殺到し、現在すでにトートバッグの販売は終了。この取り組みやヘラルボニーに対する社会の注目度が高いことが伺える。

ヘラルボニー_トートバッグ

 このアート作品の展示は2020年9月6日まで継続される。青空の下、各作家の紹介とあわせて観るアート作品たちは、“知的障害”というものに対する意識を変えるきっかけをくれるかもしれない。

 「できないこと」よりも「できること」へ目を向ける。たったそれだけで、福祉分野に限らず社会のさまざまなものの見え方が変わるはず。彼らの作品にも、そんな説得力があふれている。

ヘラルボニーマガジン(note)

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