東京農業大学学術情報課程教授/東京農業大学『「食と農」の博物館』・学芸員|木村李花子さんが選ぶ、「農度」を高める本5冊
「民具学」とは、それまで日常的にあるものとして見過ごされていた「民具」に焦点を当てた宮本常一による研究分野で、それをまとめたのが『民具学の提唱』です。技術、流通、信仰、環境、資源の利用方法などを道具を通して見ていこうとするもので、独特のおもしろさがあります。宮本が研究した時代の民具はひとつひとつ手づくりの、すべてが異なる一点物で、手足の延長のような感覚だったのだと思います。ですから、使った人の個性や癖が見て取れるのも興味深いところです。
『馬耕教師の旅』では、明治時代の最先端農業技術だった馬耕とその指導者である馬耕教師が、農村にどんな変化をもたらしたかをていねいに聞き取り、調査しています。この時代の馬は去勢されていないため気性が荒く、馬耕教師は馬に大人しく犁を引かせる「異能の人」として尊敬の対象になっていました。時代を経てその技術は、やがてメーカーの普及員が継承していくことになり……と農具と人との関係の変遷が浮かび上がります。
『【写真で綴る】 昭和30年代農山村の暮らし 高度成長以前の日本の原風景』は、つい数十年前まで本当にこんな風景が日本にあったのだという感慨を覚える本。昭和35年(1960年)の池田内閣による所得倍増計画を機に、農業の分野でも機械化が進み、わずかな期間で農村の風景も大きく変わりました。ですが、それ以前には確実にあった風景なのだと思うと、あまりにも速い近代化への人々の適応力にも驚かされます。
藁は日本人の生活とは切っても切り離せない素材です。それが農具をはじめ、どれほど豊かに使われてきたかを著したのが、『ものと人間の文化史 藁』です。万能な材料としてさまざまな農具のほか、祭礼用具にも使われる藁。農業の近代化は藁の文化を大きく変化させました。日本の原風景をつくっている、農業が置かれている位置や責任の大きさを感じる一冊です。