歩き、人と会い、また歩く。
今回紹介するリトルプレスは、『歩きながら考える step8』。
元・慶應義塾大学塾長、経済学者の小泉信三は「百冊の本を読むより、百人の人物に会え」と述べた。続けて「つまらぬ百人の人に会うより、優れた一人に百回会え」。
大学の学長であったり、学者である小泉が、本を読むことなしにその地位にあったとは考えられないが、「人生において、万巻の書を読むより、優れた人物に一人でも多く会うほうがどれだけ勉強になるか」とも述べている。
寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』にも、同じ意味合いを感じることができるが、もちろんその後 、彼が書を捨てた形跡はない。『歩きながら考える』も、本という体裁をとっているが、歩きながら読むことを想定してはいない。
歩くことと、考えること、本を読むことはどうやって共存していくのだろう。
「この本をポケットにいれて外へ出てみよう
今日は何をしようか?
どこへ行こうか?
誰に会おうか?
歩きながら考える」
巻末の「歩きながら考える宣言」に記されている文章を読むと、編集部が各地を訪れ、人に会い、発見し、より自由になる過程と、その記録が本という形にまとめられていることが分かる。
採算に乗らないようなマイナーなチベット文字をやiOSに搭載するべくシステムを開発した野村正次郎さんの思い。
60歳を超え、注目されるギター弾きの濱口祐自さんが、勝浦のマグロ漁港に潜んでいた理由。
児童福祉と児童教育に生涯を捧げた怒れる少女・澤田美喜を取材するエッセイスト・ライターの石井絵里さんの深い思い入れ。
どこか奇妙で、なぜか艶めかしいニット作品を作るミクラフレシアさんの行程と無名への憧れ。
童画家・武井武雄の「本の宝石」と呼ばれた刊本作品の創作の秘密。出版を支え続けた読者やファンの存在。
本を読むことは、時間や場所を超えて人に会う行為。
人に会う行為は新たな発見を伴い、自分をとりまく世界を広げてくれる。
それらの体験は世界や自分を考えるためのきっかけになり、新たな出会いを求めて再び、本の世界を彷徨う。
歩き、立ち止まり、本を読み、また歩き、世界とは、自分とは、他者とは何かを考えるきっかけとして『歩きながら考える』を手にとってほしい。
『歩きながら考える』発行者より一言
2004年からスタートした、文学・音楽・社会学を中心に扱うリトルプレス。12年経ってようやく8号、というゆっくりした刊行ペースで作っています。記事は、メンバーが気になる「人」を挙げて、会いに行くことから生まれます。写真は、那智勝浦へ音楽家の濱口祐自さんを訪ねた際の一コマ。海辺での語らい、忘れられません。
今月のおすすめリトルプレス
『歩きながら考える step8』
文学・アート・社会学の記事を中心に刊行するリトルプレス。
編集:谷口愛・服部真吾・猿田詠子・岩村奈実
デザイン:米山菜津子2016年5月、歩きながら考える編集部発行
148×148ミリ(88ページ)、756円