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特集 | かっこいい農業 これからの日本らしい農業のあり方 !

日常を豊かにする農業、観葉植物農家『nichidori』。

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1980年より愛知県・渥美半島で観葉植物の生産業を営んできた『大村園芸』。その二代目である大村剛史さん、千莉奈さん夫妻は「日常に緑を」という想いを込めた『nichidori(ニチドリ)』が活動の名義。二人の思いと活動を紹介します。

目次

愛情をとことんかけた、個性的な観葉植物。

観葉植物の生産を行う『nichidori』の拠点は太平洋に面した愛知県田原市。一帯は観葉植物をはじめ、農業が盛んなエリアでもある。早速、ハウスの中へ入ると一面に観葉植物がずらり。観葉植物は育てるのにかなりの時間と手間がかかる。苗から出荷まで数年かかるのも普通。個体の状態を見ながら1鉢ずつ何度もハサミを入れる必要も。「切る時期やタイミングで芽の吹き方が変わるんです」と教えてくれたのは、『nichidori』の大村剛史さん。食べるわけではない、観賞用の植物ゆえに、重要視されるのが見た目だ。ゆえに一つの個体と向き合う時間は農作物に比べ自然と長くなるし、ていねいな手入れが不可欠となる。

さらに『nichidori』の観葉植物は、一般的なそれと比べると、かなり「個性的」だ。育てた植物を見せていただいたのだが、ちょっと幹が太く盆栽のようになったものだったり、アフロヘアを彷彿させるようなモサッとした葉の形状だったり。思わず手に取ってしまいたくなる、気になる植物ばかりだ。当然そんな形にするには、通常よりもさらに時間と手間が膨大になる。「正直、かなり手をかけているほうかも。よく『ここまでやって採算合うんか?』と言われたりもしますが、私たちなりの愛情です。面倒ではありますが、やったほうが絶対にかわいいんで(笑)」と妻の千莉奈さん。見た目のかわいさだけではなく、『nichidori』の植物は根もしっかりしていると評判だ。正しい生育期間を保ち市場の状況などに左右されず、植物の成長を優先しているからこそ、鉢いっぱいに根が張り、植え替えしても元気に育つという。

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小さな家の奥に大きな木があるようにも見える『nichidori』の商品タグ。コンセプトを具現化した秀逸なデザイン。
『nichidori』は市場のニーズに合わせて植物を育ててはいない。あくまで自分たちが“いい”と感じたものを生産・出荷している。剛史さんは、「いやあ、でも最初は大変でした(苦笑)。『もう人気じゃない』『その植物の流行は終わっている』とか言われることも。うちで育てているのは9割以上がそういう植物なんですが、ちゃんと売れているんです。小売店やバイヤーさんの世代交代がちょっとずつ進んで、20〜30代の割合が増えている。そんな人たちに、ちょうどうちの感覚がはまってきているのかな」と冷静に市場と需要を見て分析している。

展開しているアイテムはおよそ100種類。植物の種類だけでなく、サイズ、そして幹の太さや曲がり具合、株の数などを変化させた「仕立て」などによってアイテムを細分化し、展開しているという。観葉植物農家では少量多品目は珍しいらしい。当然、種類が多くなればなるほど労力がかかる。彼らが取り組んだ背景には危機感と可能性があった。

「農業にかかわらず、安売りの方向に走っていいことなんて一つもない。今回のコロナ禍での“観葉植物ブーム”もそうです。ブームがきたとしても結局、価格競争になってしまう。手間暇かけて育てても、評価されずに安さを求められてしまうなら、納得して買ってもらえるように仕組みをアップデートするしかない。それは僕らの世代ががんばっていかなきゃいけない部分で、昔ながらの固定観念を市場の感覚を含めて変えていかないと。でも、そこにこそ可能性があるとも感じています」

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1鉢ずつ植物の状態を確認しながらハウス内を回っていく。
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所有するハウスは4か所。場所の特性を活かし、個々に適した環境で植物を育成する。

現在のスタイルの原点には“楽しい農業”への思いがあった。

大学卒業後、剛史さんは家業の『大村園芸』で働く道へ。もともとベンジャミンという植物を主に扱う農家であり、大手小売店からの発注があったため、安定的な収入にはなっていたが、作業自体は単調だったという。仕事があること自体に感謝しつつも、剛史さんは物足りなさも感じていた。結婚をし長女が生まれ、30歳で家業を継ぐというタイミングで考えた。「就農して7年。ベンジャミンしか知らなかった。ぼくはまだ観葉植物の可能性を見ていないんじゃないか?」。そう感じた剛史さんは、千莉奈さんとともに一念発起。ほぼゼロベースの知識の中、片っぱしから観葉植物の苗を買い集め、試験的に育て始めた。「当時は不安しかなかった。人を紹介してもらって、話を聞きに行ったり。『こんなんも知らんのか?』って、笑われることはしょっちゅう。種類や育て方を、一つずつ調べていきました。ぼくらは楽しい農業をしたかった。楽しく働きたかった。その一心でしたね」。

尊敬する人にも出会えた。同じく渥美半島で古くから観葉植物を育てる農家であり、業界でも一目置かれる存在であった『荒木植物園』の荒木祥充さんだ。「もともと知ってはいましたが、レベルがまったく違うと思っていたすごい人。荒木さんが育てている植物は200〜300種類あり、流行をつくった品種もたくさんあるような、そんな人なんですが、右も左もわからないぼくらに植物の名前から教えてくれました。ダメ出しもされますが、ヒントをくれるんです。そして『まずは一回やってみい』って。この言葉でいろいろ挑戦することができました」。

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シダの仲間であるプラティセリウム(コウモリラン)は人気の観葉植物。右のものが成長を重ねていくと、中央、左のような状態に。

育てている農家の顔、思いも伝えたい。

『nichidori』の植物は、魚や野菜などと同じように市場を通して小売店などに卸されるため、小売店などのバイヤーに売り込む貴重な機会の一つが展示会だ。作業服で参加する出展者が多い中、剛史さんは白シャツにドクターコート、ニット帽などを身につけ参加するという。加えて、ブースを訪れてくれる人との会話を大切にする。「注文数以外で、どんな要望があるかを知りたいですし、またこちらがどんな思い、どんなスタイルでつくっているのか知ってほしい。身につけているファションもそう。食べるわけではない、観賞用の植物だからこそ、どんな人がつくっているのか、顔が見えてほしいなって思っていますし、思いも伝えていきたい」。

『nichidori』の農業には自分たちならではのスタイルがある。展示会だけでなく近隣にある有名セレクトショップとコラボしたイベント開催やマルシェへの出店など、いわゆる「農家」の枠を超えた活動にも個性を感じる。当たり前なのだが植物は生き物だ。工業製品ではない。ゆえに個性があるのが当然だ。育てる人のそれももちろん反映される。そして愛でることが目的の観葉植物は、もしかしたらアートや工芸品などに近いのかもしれない。「こんな人たちがこんな思いでつくっているのか」ということを知ったとき、目の前の「作品」への愛着がさらに湧く。『nichidori』の植物を見て、純粋にそう感じた。「日常を豊かにする農業」のカタチをかっこいいと思った。

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大村さん夫妻にとって、ハウスは子育ての環境でもあるよう。緑に囲まれ、そして両親の働く姿を見ながら子どもが育つ。
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2022年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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