都心から電車で約40分。東京・国立市にあるJR谷保駅のほど近くにある団地内の商店街に、実験的な店舗がオープンしました。今、その空間にこめられた思いと機能が、人々を惹きつけています。
東京・国立市。JRの国立駅と谷保駅を結ぶ大学通り沿いに、築50年以上の国立富士見台団地がある。そのなかの商店街に、一風変わった店舗がオープンした。
店内に「おはよう」と言いながら入ってくる人がいて、一見するとカフェのようでもオフィスのようでもある。「何屋なんだろう?と不思議そうに見ながら通る方が多いです」と、オーナーであり建築家の能作淳平さんが笑った。2019年11月に正式オープンしたばかりであることも理由だが、能作さんは「コンビニのようにただ便利で分かりやすい店舗を目指しているわけではない」と話す。
ここは『富士見台トンネル』。曜日や時間帯によって、その顔を替える“シェア商店”だ。取材で訪れた日は、朝がモーニングカフェ『旅するサンドイッチ たびたび』、その後は珈琲店『CORAL COFFEE』とコワーキングスペース、午後は出張寿司屋『星兵衛』になった。ほかに、ワインと日本酒『nosaku』、おはぎ屋『おはぎびより』、ジビエ『urban”s camp』、グアテマラの珈琲豆専門店『フォックロ』などが出店している。空間を活用するプレイヤーと、そのコンテンツに引き寄せられたお客など、さまざまな人が集まっている。
「『富士見台トンネル』には3つの機能があります。飲食店のほか、展示販売をするショップ機能、働き方やものづくりについてトークイベントなどを行うシンクタンク機能、私が主宰する設計事務所のオフィス機能です」
暮らし方の模索と、団地という場所のおもしろさ。
能作さんは、なぜここをオープンしたのだろう。富山県出身で、上京した大学時代以降は都心に住んでいた能作さんは、結婚と父親になったことを機に5年前から国立富士見台団地に住み始めた。国立市はベッドタウンで、昭和40年代に建てられた国立富士見台団地は、緑地や公園、広場がありゆったりとした設計になっている。「妻の地元である東京都あきる野市と、都心の中間である多摩地域で、リノベーションできる自宅用の物件を探し、たまたま見つけたのがこの団地でした」。
もう一つ、暮らし方への思いがあった。父親になり、出産まではキャリアウーマンだった妻の子育てのための転職を目の当たりにした能作さんは、働くことと暮らすことを改めて考えるようになり、暮らしの場として整備されたベッドタウンに可能性を感じたのだ。「このまちに、働き方を模索し、仕事と暮らしをつなげられる新しい生業の場があったら──」。そんな思いを高めていった。
一方、仕事では『長谷川豪建築設計事務所』を経て2010年に独立し『ノウサク ジュンペイ アーキテクツ』を設立。「ハウス・イン・ニュータウン」「あきるのシルバーハウス」、「高岡のゲストハウス」「富江図書館さんごさん」などの作品を発表し、「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」で審査員特別賞などを受賞する。
そんな順風満帆な道のりのかたわら、時代の変化を感じていた能作さんは「今後は仕事を自らつくる時代になるだろう」と考えた。
「自らはじめ、そして多様な業界の方と関われるプロジェクトをつくってみたい」。
こうして能作さんは、暮らし方への思いと仕事への思いを実現できる空間を目指して、2019年7月、クラウドファンディングに挑戦した。その結果127名から目標金額を大きく上回る122万円を集め、ついに『富士見台トンネル』を立ち上げたのだ。
「富士見台にはつくり手の方たちや昔ながらのよさがあります。それらや他地域の取り組みを届けたり、まだ気づかれていない富士見台のリソースを掘り起こしたりする『掘ってつなげる場所』という意味で『トンネル』と名付けました」。
客観的な視点を持ちつつ、熱く仲間を巻き込む。
空間を運営するうえで大切にしていることは、次の3つ。1つ目は、プレーンなハコではなく、個性的な空間にすること。能作さんはそのために自らのこだわりやコンセプトをしっかり伝え、プレイヤーにも個性の表現を望んでいる。「好きなものやこだわりは、きっとどなたにもあると思うんです。勇気を出してしっかり表現すれば、それに共感してくださった人がお客さんになったり、価値を認めてくれる人が集まります。大切なのはいかにレアキャラになるかです(笑)」。そのため、ただ貸すだけの関係ではなく、プレイヤーの長所を「めっちゃ好き」「おもしろい!」などと褒めて引き出し、ときにはメニューを共に考える。
2つ目は、“まちの文脈”を読み、周辺環境ときちんとつながる意識をもつこと。「なぜここでこういうことをやるのか、自分の思いだけで走るのではなく引いて見る。例えば『公園が多く環境がいいな』『団地って人が歩いていないな。なぜこうなったんだろう』と構造的に理解するようリサーチしていくんです」。
3つ目が、一人でつくらないこと。クラウドファンディングで協力者を探すなど、共につくるようにする。「この3つを実現できるキャラクターになれればと考えていました。学校のクラスで例えると、みんなと一緒にいて目立っているけど、わがままを言うのではなく空気を見ながら発言するような存在です」。
ただし、この場は開かれてはいるものの、テーマがあり、まちの人全員を平等に対象にしているのではない。「厳しいことを言うようですが、とにかく何をしても許されたり、お客さんがサービスを受け取るだけの存在になると、常連さんがダラダラといるようなぬるい空間になってしまいやすい。それは平等に開かれた公共施設でやればいいと僕は思うんです」。これは冒頭で紹介した「ただ便利で分かりやすい店舗を目指しているわけではない」という考え方にも通じている。
個性的で、つながる意識をもって仲間と共に空間をつくる──。実は、ここは平等が重んじられた近代的デモクラシー(民主主義)に対する、“社会実験”の場でもあるのだ。「何となく感じているのは、デモクラシーには限界があるのでは? ということです。とは言っても、特権的なビューロクラシー(官僚主義)がよいというわけではありませんが、平等でみんな同じという以前に、本来別々のバックグラウンドを持っているし、非常に個性的だと思うんです。それら個性を、つまらない典型に陥らないようにできないか? と思っているんです。状況に応じて柔軟に対処し少人数でバッと決めながら、ガチガチに閉じているのではない、開かれた場。そんなことを考えて、ここで日々楽しく実験しています」。
『富士見台トンネル』のプレイヤーたち。
ベッドタウンの出張寿司屋だからこそ家族や友人とくつろげるのでは。
出張寿司屋『星兵衛』
金田星人さん
大手人材会社に10年勤めていましたが、「本当に好きなことを仕事にしよう!」と一念発起し、大好きな寿司屋になりました。出張寿司屋として各地のワインバーや居酒屋、個人宅などで提供しています。実は、能作くんは同郷で高校の同級生です。地元である富山県の素材を中心に、味つけをした江戸前寿司を提供しています。特にお子さんのいる方は「カウンターの寿司屋は子連れでは行けない」とおっしゃるので、『星兵衛』ではそんな方たちにも息抜きをしてほしいと思っています。ここに出店して、さまざまなお客さんと出会えましたし、ほかの出店者とも交流してコラボメニューを開発することにもなりました。今後も楽しみつつ腕を磨いていきます。
ブリの漬け
富山県といえば富山湾の寒ブリも有名。『星兵衛』では漬けやトロを提供。
白エビの昆布締め
富山県の代表的な名産の一つで、特有の甘みと食感が特徴。
カスゴ
真鯛の幼魚。身質がよく、やわらかい味わい。
カイワリ
富山湾や西日本で獲れる魚。淡泊ながらも旨みがある。
海外の食文化のおもしろさとローカルのよさを伝えていきたい!
モーニングカフェ『旅するサンドイッチ たびたび』
福永翔子さん
異文化の価値観に触れるのが大好きなんです。私のお店では、アジアやアフリカの旅で出合ったスパイスや素材、その味わいを提供しています。お店を始めた理由は、雇われずに働くことにチャレンジしてみようと思ったから。このエリアは朝カフェ営業をしているお店が少ないので、あえてモーニングカフェにしました。特に都心に勤めていると、自宅や住むまちが「寝に帰るだけのところ」になってしまいますよね。そんな人がこのまちにも多いと思うので、このローカルエリアの自然や、人のおもしろさのことも伝えていきたいと思っています。能作さんが親身になってメニューへのアドバイスをし、各店が引き立つようにサポートしてくださるのでとても助かっています。
満腹サンド
ハム、人参と紫キャベツのラペなどをサンドしたもの。400円。
バイン・ミー
甘く味つけした鶏肉を使ったベトナムのサンドイッチ。400円。
ファラフェルのサンドイッチ
ひよこ豆を肉団子風に素揚げし、サンド。430円。
『富士見台トンネル』オーナー・能作淳平さんの人が集まる場づくり3つのポイント
個性を強く打ち出す。
勇気を出して個性を表現すれば、共感した人がお客さんやファン、仲間になり、同じ価値観をもって動いてくれる。
文脈を読み周辺とつながる。
自分の思いだけで走るのではなく、“まちの文脈”を読み、まちを構造的に理解するようリサーチしていくことが大切。
一人ではつくらない。
クラウドファンディングで協力者を探すなど、仲間たちと共につくることを意識すると、大きなうねりを生みやすい。
人が集まって生まれたこと、変わったこと。
場づくりは難しくない。
予想以上に応援者が多く、「こういうところを求めていた」ととらえてもらった。