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特集 | 人が集まるプレイスメイキング術

点から線へ、 動き出す熊川宿。

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福井県にある、鯖街道の宿場町「熊川宿」で地域を未来につなぐチャレンジが始まっています。一人ひとりの情熱や知恵が人を呼び、地域の未来像を共有しながら進んでいるのです。キーパーソンの一人である『デキタ』の時岡壮太さんにお話をお聞きしました。

目次

景色が美しく、 湧き水がおいしいまちに泊まる。

福井県・若狭町にある、熊川宿。昔ながらの古民家や蔵が立ち並ぶ、かつて宿場町として栄えたところだ。その町並みは、1996年に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。

建物が面している道は、昔の人々が若狭湾で獲れた鯖などを京都まで運ぶのに使った通称「鯖街道」。全長約80キロのうち熊川宿があるのは約1キロで、現在はカフェや工房などが軒を連ねる。

「若狭町はリアス式海岸や山間の景色が美しく、湧き水が豊富でおいしいんですよ。京都が近く、お寺が多いことも特徴ですね。熊川宿の山間独特の籠った雰囲気も魅力だと感じています」

そう話すのは、熊川宿にオフィスを構える『デキタ』の代表取締役・時岡壮太さん。同社は遊休不動産の活用や、地域文化を体験できるサービスの開発などを行っている。事業の中心になっているのが、鯖街道沿いの古民家をリノベーションし、2020年にオープンした、文化体験型の宿泊施設『八百熊川』だ。

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『デキタ』のオフィスがある『シェアオフィス&スペース菱屋』の外観。
「名前には『八百万の神がつくる地域の恵みを感じてほしい』『熊川宿周辺のすべてを楽しんでほしい』という想いをこめました」

一棟貸し形式で、つくりの異なる計4室(3棟)の客室がある。落ち着きがあり、洗練された空間だ。「シンプルながらも自然素材を多用した、田舎らしいデザインが僕らの特徴だと思います」と話す。

宿泊客は『デキタ』のオフィスがあり、『八百熊川』のフロントの役割も持つ『シェアオフィス&スペース菱屋』でチェックインをしたら、別荘のように客室を使うことができる。鯖街道を散策したり、近くの道の駅などで食材を買ってきて客室で食べてもいい。客室にはキッチンがあり、調味料や食器が備えられている。

夕食は、地域のお母さんたちが手料理を運んでくれる「熊川のおもてなし膳」や「地魚と季節野菜のイタリアングリルセット」、「季節限定のセット」から選ぶことができる。また、竈で火を熾す、「里山かまどご飯」という昼食限定の体験プログラムも人気だ。

「宿泊後もこちらからお手紙を送るなどして、熊川宿で過ごしたゆったりとしたひとときを思い出していただき、疲れたときなどに『また行こう』と思ってもらえたらうれしいです」

そう朗らかに話す時岡さん。最近うれしかったのは、「里山かまどご飯」を体験した親子がそれを気に入り、翌年も泊まりにきてくれたことだという。客室には子どもから「かまどのご飯が上手にできて楽しかったです。すてきなお宿に泊まれてとても満足です」というメッセージが残されていた。

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『シェアオフィス&スペース菱屋』の1階には『八百熊川』の受付のほか、コーヒーショップ&カフェ『SOL’S COFFEE』もある。
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工房『若州窯』の飛永なをさん。
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同施設内にある体験プログラム「里山かまどご飯」で使う竈と井戸。
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夕食の「夏限定 福井白山ポークとたっぷり夏野菜の鍋しゃぶセット」。季節ごとに内容が変わる。
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朝食は「湧水米」という若狭町産のお米と湧き水を使い、土鍋で自らお粥を炊く。熊川葛のあんをかけて食べる。

多様な地域経済の 循環をつくりたい。

時岡さんは、福井県・おおい町出身。高校卒業まで地元にいて、早稲田大学の建築学科へ進学した。上京時には、福井県に帰ってくる気はまったくなかったと話す。

「大学1・2年生のときは都会の現代建築に憧れていたんですが、次第に集落や村が維持されているのは想像以上にすごいことで、現代的価値があるんだと気が付きました。『田舎なんて』と思って上京したから、認めたくないじゃないですか(笑)。でも4年生のときには田舎が好きになっていて。全国を回り、集落としておもしろい機能があるとか、山とうまく共生しているとか、独自性のある地域に惹かれました。卒論の対象地を越前(福井県北部)にして、東京から通って書いたんです」

2009年に大学院を修了し、市街地の活性化を手がける建築コンサルティング会社に勤めた後、11年に独立。登記したのは東日本大震災の4日前だった。その後委託事業で築地場外市場や宮城県気仙沼市の施設などの開発に携わる。

「委託でいただいていたお仕事がひと段落したら、過疎地の課題に取り組みたいという思いがありました。当時古民家のホテルを開発・運営するなど、実業でまちづくりを進めている人たちがいて、とても刺激を受けていました。10年、20年と続けるなら、やっぱり地元・福井でと思ったんです」

時岡さんは、若狭町役場の職員との出会いを機に視察に訪れ、少しずつこのまちに関わるように。19年には熊川宿に同社を完全移転し、実に20年ぶりにUターンした。熊川宿には200軒以上の古民家があるが、空き家や老朽化、まちの活性化などの課題を抱えていた。当時、観光客を対象にした店舗は少なかったという。時岡さんは地域の人々や各所とコミュニケーションをとりながら、『八百熊川』の計画やリノベーションを1棟ずつ進めていった。

「宿場町だったことから地域の人々が人の出入りに慣れていて、民間事業者が外から入ってくることの抵抗感が少ないんです。それはここの”財産“だし、今も助けられています」

時岡さんのもとに地域の”声“が集まり、地域内外から一人、また一人と社員も集まった。彼の求心力の一つは、地域全体の未来を見据えた姿勢だろう。単に宿の数を増やせばいい、などとは考えていない。意識しているのは「集落の魅力や価値を上げ、集落全体で持続的な事業をつくる」こと。それには熊川宿が豪雪地帯で冬に観光客が激減することも影響している。宿泊者がより楽しめるよう、周囲と歩調を合わせながら、複数の文化資源を組み合わせた事業スタイルを目指しているのだ。

「『八百熊川』だけでなく、この5年間で計14軒の古民家が活用され、空気が変わり始めています。これまで建築業界では、古い建物の保存について内向きなことが主語になることが多く、文化資源が外の人にどんな価値を生み出しているのか議論されることが少なかったように思います。だからこれからは、熊川宿に来てくれる方々のためになるような事業を、もっと充実させていきたいと思っています。それが建物や暮らしを守ることにつながると感じています」

2021年、若狭町と『デキタ』を含む民間企業4社が出資して法人『クマツグ』を設立し、時岡さんは取締役に就任した。食品加工場をつくり、オリジナル商品の開発・製造をしている。商品は『八百熊川』やECサイト「八百熊川STORE」で販売中だ。さらに『クマツグ』は若狭町内の熊川地区のキャンプ場整備を進めている。実現すれば、より多様な楽しみ方ができるようになる。点から線、そして面へ。一人でも一社でもなく、地域のみんなの挑戦だ。

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『八百熊川』で販売している商品。
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2022年9月に発売された『デキタ』の新商品「若狭の伝統食なれずしの飯のタルタル」と「和食に合う粒マスタード」。
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『デキタ』が開発した「熊川 葛の葉茶」。
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写真左から、食体験の企画・開発を担当する竹村理衣さん、時岡さん、仕入れや商品開発などを担当する山川みをさん、デジタルマーケティング担当の野尻穂乃佳さん、開発や設計業務などを担う堀裕貴さん。

熊川宿にある宿、 『八百熊川』のお部屋紹介!

現在『八百熊川』の客室は4室。3棟は隣接しているわけではなく、鯖街道沿いに点在していて、「分散型宿泊施設」とも呼ばれている。各室の特徴を紹介しよう!

客室「ほたる」

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自然素材を生かした空間。
熊川宿のなかで閑静な下ノ町に佇む小さな客室。日が暮れると窓から漏れる灯りがホタルのように優しく鯖街道を照らす。2階にベッドルームが2つあり、最大3名が宿泊可能。

客室「ひばり」

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畳の小上がりがある広々としたベッドルーム。
石庭とリビングが連なる⾵通しのよい客室。縁側の暖かさを感じ、宿場に暮らしているようなゆったりとした時間を過ごせる。ベッドルームは1つだが小上がりを含め最大5名が宿泊可能。

客室「つぐみ」

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水の流れるテーブルを囲んで食事が楽しめる。
穏やかな光が差し込む落ち着きのある客室。高さが異なる2つのベッドルームがゆるやかにつながる珍しい間取りで、最大3名が宿泊可能。しっとりとしたひとときを楽しめる。

客室「やまね」

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ベッドルームの大きな梁に歴史が感じられる。
鯖街道からやや奥まった、静かな場所にある客室。熊川宿で最も大きな土蔵で、2階にベッドルームが2つあり、最大5名が宿泊可能。落ち着いた雰囲気を求める人におすすめ。
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時岡壮太さん
ときおか・そうた●『デキタ』の代表取締役。古民家の利活用事業などのほか、若狭地方の公民連携まちづくりにも携わっている。
text by Yoshino Kokubo
photographs by Miho Kakuta

記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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