今回は、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に寄り添った人事制度をアップデートし、福利厚生サービス導入から心のケアまでをトータル的に支援する『carefull(ケアフル)』を企業として初導入した、株式会社アイスタイルの奥田早央里さんに企業ならではの視点を含めてお話を伺いました。
株式会社アイスタイルピープルリレーション部 部長 奥田早央里(おくだ・さおり)さん
新卒で現ソフトバンク入社。人事企画を経て現職である労務を担当し、ソフトバンクの数々の会社との合併に携わる。その後、ロクシタンジャポン社でリテール人事、不動産系会社での労務を経て、2014年 アイスタイル入社。給与・社会保険・ウェルネス・福利厚生・労務企画などを担う労務専門組織を立ち上げ、給与計算・勤怠管理・社会保険等の業務に加え、行政対応や労務にかかわる制度の見直し、ウェルネス関連の企画にも取り組んでいる。好きなものは猫と犬。東日本大震災では福島原発規制区域での動物保護ボランティアにも参加。
生理休暇は、実際には使いづらい場面も
奥田さん:きっかけはお仕事です。社会に出てからずっと人事、労務の仕事をしており、そこでリプロダクティブ・ヘルスに触れることになりました。
フェムテックtv:リプロダクティブ・ヘルスとは、性と生殖に関する健康のことですが、どのように知識を深めていったのですか?
奥田さん:このような流れが起きたのは、本当にここ数年の話だと思います。私自身が20代の頃は、まだまだ社内ではこのような話は出ていませんでしたが、人事や労務の仕事をしているうえで、「そういう話もあるな」という程度で徐々に認識を持つようになっていったという感じです。
フェムテックtv:社員、特に女性社員からはどのような声が届いていましたか?
奥田さん:今回、『carefull』のサービスを導入するにあたって社員にヒヤリングし、アンケートも実施しました。弊社は女性社員のほうが多いのですが、声に出すことさえも抵抗があるという雰囲気もあって、導入する前からある生理休暇は、実際には使いづらい場面もあったようです。
フェムテックtv:奥田さん自身はどのように感じていましたか?
奥田さん:環境や部署の構成、人間関係なども影響してくるとは思いますが、私自身は言いづらい、使いづらいということはなかったです。
ただ、女性部下の男性上司の場合、「そういった話自体をしたくない」という声や、逆に女性部下の女性上司だったとしても、「女性のほうが厳しかったりもする」という声が聞かれることもありました。「理解してもらえないから使いづらい」といった声も含めて。
フェムテックtv:組織だからこその難しさでもありますね。そのような声が上がっていた中で制度を導入することになったと思うのですが、どのような前準備をしたのでしょうか?
奥田さん:弊社には働き方に関する人事制度である『iselect(アイセレクト)』というものがあります。社員が“ビジネスの成長”に貢献しながら、同時に“自己の成長”も実現できる会社を目指すために、在宅勤務、育児休業支援、副業許可、介護・看護休暇の有給化など、働き方の選択肢を定めた、弊社の人事制度です。
その制度は2018年から始まっているのですが、タスクを立てながら、そもそもどういった制度にしていきたいかという話をしました。そのタスクには、当時はまだ漠然とではありましたが、例えば、「妊活支援をするような仕組みを入れたらいいのではないか」「なかなか保育園に入れないので、育児と仕事を両立できる制度を入れたほうがいいのではないか」という話は挙がりました。ただ当時は、制度化するのは第二フェーズくらいからと考えていました。
第一フェーズが、在宅勤務や副業などの働き方。今回の『carefull』の導入が第二フェーズです。
制度を使ってもらうためには風土作りが第一
奥田さん:今回は、性と生殖に関する健康課題への支援制度になります。先ほども少しお話ししましたが、社員にヒヤリングを行う中で、「結局、制度があってもそれが遠慮なく使える雰囲気がないと使いにくい」と、どちらかというと風土に関する意見が多かったです。
そのため、風土作りを第一に考えました。セミナーを開催しているのもそのひとつです。そして、「実名で相談するにはセンシティブな話なので難しい」という声もありました。そうなるとネットで検索し、個人で調べる方法しかなかったりしますが、「本当は話を聞きたい」という声があることも分かったので、匿名の掲示板でコミュニケーションが取れる仕組みを作り、合わせてさまざまなサービスを割引で受けられる福利厚生をパッケージで利用できるプログラムになっています。
ワンパッケージとして出していますが、例えば、セミナーに参加したいかどうかは自分で決められますし、掲示板の利用も割引サービスも使いたい人が使えるようになっています。
フェムテックtv:奥田さん自身は、これまでのキャリアの中で、働き方に関して違和感を覚えたことはありますか?
奥田さん:私が社会に出た頃は、男女雇用機会均等法のすべてが成立していませんでした。なので、新卒で入社した当時、女性は22時までしか働けなかったんです。
私自身は、女性だから、男性だから、という気持ちで社会には出てないのですが、みんなが残業している中でも、「女性だから帰りなさい」となる。そういったところには違和感がありました。
痛みは我慢するのが当たり前だと思っていた
奥田さん:女性の健康課題にはいろいろありますが、月経、妊活、更年期といった、弊社の制度でも中心的に考えている範囲の中で言いますと、当時は気にしていませんでした。
ただ今考えてみると、20代の頃は片頭痛持ちでもあり痛みと共存するのが当たり前になっていましたし、生理痛で苦しかったとしても我慢して過ごしていました。我慢できないようなレベルではないからやり過ごしてしまった、みたいなところはあります。
最近、「痛みは我慢しないほうがいい」という話をセミナーで聞いて、当時は我慢するのが当たり前だと思ってそうしていましたが、どちらかというと自分の身体や健康にまったく興味がなく、仕事さえしていればいいという感じで、今思えばそれが問題だったと思っています。
偏頭痛や生理痛など、痛みを当たり前に我慢するような生活を20代~30代と続けていたことで自律神経が乱れることが増えてきて、専門医を受診したら女性専用クリニックを紹介されました。その時に、女性の健康課題を一括して診察してくれる施設があることを知りました。
フェムテックtv:自律神経の乱れはご自身で気が付いたんですか?
奥田さん:はい。例えば、同じように仕事をしていてもパフォーマンスが悪くなってしまい、30代になったタイミングでもあったので、年齢的なことかなとか、その時は原因がよく分からなくて。当時は、仕事のことしか考えていなかったから、その生活スタイルも影響していたとは思いますが、自分で違和感を覚えるようになりました。
フェムテックtv:ご自身の経験が、今回の制度にフィードバックされていたりしますか?
奥田さん:私が経験したことがそのまま反映されているということではないですが、制度の構築に関わっていて思うことはあります。
私が20代の頃は健康に興味を持たなかったし、時代的にも情報を知りえることもありませんでした。受け身だったからと言われるとそれまでではあるのですが、年齢に関係なく、きちんと考えたほうがいいと思っています。今回の制度を利用するかどうかは最終的には本人次第になってしまいますが、情報を提供する、推奨するといったことはやっていきたいと思っています。そういった意味では、私自身の経験や思いは入っていると言えます。
まずはマネージメントを行う管理職の社員に理解を深めてもらいたい
奥田さん:はい。でも、後から後悔しても、中には取り戻せないものもあると思うので、選択肢としていろいろ知っておいてほしいと思っています。
フェムテックtv:制度はまだ始まったばかりですが、社内の関心度はどうですか? 興味を示されていますか?
奥田さん:そうですね。乳がん検診や月経についてなど、テーマを設けて、2021年の11月からオンラインでのセミナーを始めました。リアルタイム視聴はどうしても30~50名程度になってしまいますが、後からでも見られるようになっているので、アーカイブ視聴は400~450名程度が閲覧してくれています。いろんな議題に対して、現状、月に1回のペースでセミナー配信をしています。
フェムテックtv:先ほどもお話にありました、制度があっても風土によって使いにくいという点はどのように対策していますか?
奥田さん:まずは、マネージメントを行う管理職の社員に理解を深めてもらいたいと考えているので、「管理職の方は必須で見てください」と促しています。マネージメントだけが理解すればいいわけではないですが、まずはそこから。今後、マネージメント研修にも入れていこうと考えています。
最終的には、上司が理解してくれても周りの仲間の理解も必要になってくるので、全体に発信することも意識しています。その一環で、この制度が始まる時に社長からのメッセージを発信しました。
特に理解してほしいマネージメントから始めて、徐々に全体の理解向上につなげていきたいと考えています。
女性のほうが女性の痛みに厳しいこともある
奥田さん:リプロダクティブ・ヘルスやフェムテックという言葉はあまり出していないんです。使わないようにしているわけではないのですが、「それって何?」という話になってしまうので、リプロダクティブ・ヘルスは、あえて性と生殖に関する健康課題と言っています。日本語で伝えることで、入ってきやすくなるかなと考えています。
フェムテックに関しても同じで、興味を持っている人だけは分かるけど、そうではない人は分かりづらいワードなので、言葉を推していくといよりは、中身が伝わるようにというのは意識しています。
関わっている人と興味を持っている人は分かっているから入ってくると思うのですが、そうではない人は自分事にできなくなるので、なるべく受け取りやすい言葉を考えていて、そこに関してはけっこうディスカッションしています。伝わりやすく、を第一に。
フェムテックtv:女性同士でも痛みの感じ方が違ったりして、共有しにくいことでもありますよね。
奥田さん:そうですね。先ほどの、女性のほうが女性の痛みに厳しいこともあるっていうお話しにつながると思います。女性は知ってはいるけど、「自分が軽いから」とか、「何日も休むほどのことではないでしょ」と、知っているがゆえにそんなふうに思ってしまう。そういう環境だと結局何も言えなくなってしまうので、いろんな人がいるし、人それぞれ違うんだよ、ということも含めて理解してもらいたいと思っています。
フェムテックtv:多様性への理解でもありますよね。
奥田さん:そうですね。やり始めたばかりなので、効果検証をしながら見直したり、作っていったりする必要性はあるとは思っています。
必要な情報や使えるツールを揃えたい
奥田さん:はい、女性社員はもちろんですが、男性社員にも理解を深めてほしいと思っています。会社の中では、「女性が」、とか性別で分けるような伝え方はしていなくて、そこも気を付けているポイントではあります。
女性の健康課題というと、「自分に関係ないかな」と、興味持ってもらえないこともあるかと思うので、自分自身には起こりえないけど、部下や家族、パートナーには関係してくること。例えば、妊活は女性だけの問題ではないですし、更年期に関しても割合的には女性のほうが多いかもしれませんが、男性にも起こる場合もあります。
フェムテックtv:実は、フェムテックtv内の記事でも、『男性必見!PMSに悩むパートナーが喜ぶこと5選』という記事が人気だったりします。
奥田さん:そうなんですね。女性社員が多い弊社でも会話に出すことがはばかられるような雰囲気もあったので、会社でも、プライベートでも戸惑うことなく話せるような環境を目指していきたいです。
フェムテックtv:働きやすい組織に繋がりますよね。
奥田さん:そうですね。本社勤務だけではなく、販売職のスタッフも多いので、まだまだ課題はたくさんあります。
最終的に選択肢は個人にあると思うので、選択するために必要な情報であったり、使いたい時に使えるツールが揃っていたり、そういうことを準備して提供していくことをきちんとやっていきたいです。
フェムテックtv:第二フェーズである今回の制度のゴール設定はどこにありますか?
奥田さん:社内の声として、制度よりも風土の問題のほうが大きかったので、普通にそういう話ができる、ディスカッションができるようにしたいです。そこに制度が付いてくると思っています。
制度は増やしたり減らしたり出来ると思うのですが、そもそも使われなくてただあるだけのものというのは意味がないので、使いやすい風土、相談がきちんとできること、例えば、セミナーを見た後に、「セミナー見たけど、こうだったよね」と話してくれるような、そういったところを目指していきたいです。
運動をするようになって平熱と基礎代謝が上がった
奥田さん:そうですね。これまでは動くのが嫌いだったので何もしてこなかったのですが、自身の健康も考え「このままではダメだ」と、ジムに通うようになりました。
フェムテックtv:何か変化はありましたか?
奥田さん:平熱が上がりました。基礎代謝も上がったので、調子が悪くなることが少なくなりました。
フェムテックtv:効果が顕著に現れていて、素晴らしいですね。やはり、日頃から体と向き合うことが大事だなと感じます。本日はいろいろな話をありがとうございました! 最後に、奥田さんが考えるウェルビーイングな社会について教えてください。
奥田さん:いろんなことを突きつめて考えた時に、その答えはすごくシンプルで、やっぱり「思いやり」なのかなって。
今回の制度について話す時も、「結局、他人同士が分かり合うのは難しくて、100%分かり合うことはできないです」と伝えていて。抱えている事情も感じる痛みのレベルもすべてにおいて分かってあげること、理解してあげることはできないので、そこは思いやる。それが、ウェルビーイングな社会につながっていくことだと思っています。
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